とある、告白(適当)



「好き?」
「ええ」
えらく神妙な顔をして、男が頷いた。
えーっと。でもこの人男で俺も男なんだけど。
ひっ詰め髪の男は、元部下の元担任で、それからどこまでも善良なただの中忍だと思っていた。
それがまさかこんな素っ頓狂なことをしでかすとは、誰も想像しなかったらしい。
それを証拠に、今受付所には微妙すぎる空気が流れ、静まり返った空間に響くのは、緊張した誰かが唾を飲む音くらいだ。
真摯な告白はこの人らしいといえばらしい。
クソがつくほど真面目だというのは、上忍師連中と飯を数回一緒に食った事があるという程度の浅い付き合いでも知っていた。
鼻血を吹いたことをヒゲの大男に揶揄されても、真顔で、結婚するまでは清い関係でなどと言い出したのだから、相当だ。
その告白。きっと相当な決意と覚悟を持って臨んだに違いない。
…でもなんだってこんな一番込んでる時間の受付でいっちゃうの?
「あなたと一生を共にしたいという意味で好きです」
しばらく何も言えずにいたら、意味が伝わらなかったと思われたらしい。
その念押しはいらないんだけど!分かってるって!でもだからどうすんのよもう!
周りの興味津々と言った視線が痛い。
そりゃそうだ。俺だって相手が自分じゃなきゃそうするだろう。
絵に描いたようなクソ真面目なこの男が、わざわざ男を、それもろくでもない噂持ちの上忍に、至極真面目な顔で直球の告白なんてしてるんだから。
「あの、ですね」
まっすぐな視線が恐ろしい。
借り物の左目よりずっと何もかもを見通してしまいそうだ。
「お返事は急ぎません。ただ俺が死ぬまでにはいただきたいですが」
にかっと笑う顔はどこまでも男らしくさわやかだ。
潔さはこの人の長所だけど、こんなところで発揮されると戸惑うというか、叫びだしたくなる。
「あの、ね?」
「そうですね。あなたの姿を見たらつい我慢できませんでしたが、もう少しあなたへの思いについてお話できたら嬉しいので、仕事が終わるまで待っていただけますか」
すまなそうに頼まれて、頷かないでいる理由なんて思いつかなかった。
事情は知りたい。どうしてこんなことしちゃったのか、俺には想像も付かないから。
でも、どうなのそれ。話題の塊になれってことなんじゃないの?この人の立場だってあるだろうに大丈夫だとは到底思えない。
…人徳ってヤツがあるから、平気なんだろうか。
迷いつつもきりっとした顔で見つめられたら、逃げるという選択肢はなかった。
「じゃ、あとでまた」
この人のシフトなら、あと半刻もないはずだ。ちょっと待つくらいなんてことない。
…そう。待つだけなら。待ってその先にあるものが恐ろしくてならないだけだ。
「ありがとうございます」
頬を桃色に染めて、心底嬉しそうに男が微笑んだ。
礼儀正しいのは結構なことだ。…今は俺を焦らせるだけだけど。
でも…ナニ照れてんの!くそっ!どうしたらいいのよこれ。
「あのね…イルカ先生」
周囲がざわざわし始めている。食い入るようにこっちを見ながら、こそこそひそひそと鬱陶しいことこの上ない。
ああもう!
「あー…今更ですが…流石にここではまずかったでしょうか?」
本当に更過ぎる台詞をはいた男に、取り繕う代わりにため息で返してしまったのは…許されてもいいと思う。
*****
「お待たせしました」
「いーえ」
こっそり適当な個室を押さえて、忍犬と時空間忍術まで使って連れ出した。
これだけ探るなと派手に見せ付けてやったんだから、興味はあっても写輪眼の上忍にたてつく勇気を持つやつなんていないだろう。
「それで…あの、好きです」
答えるつもりなんてなかったのに、人がいないと思うと緊張がゆるんだのか、頬が熱い。
ああくそ…!動揺してるってばれたらどうすんの俺!
「ありがとう、ございます」
さて、どうしよう。この人がどうしてこうなったのか知りたいんだけど恐くて聞けない。
任務や術なのか、それってでもそんなことするヤツいないでしょ。
…ずいぶん前からこの人に惚れて、だからこそこの人には幸せになってほしくて、でも辛くてつらくてそろそろ里から離れる任務でも貰おうと思い始めていた俺以外には。
「お返事を、いただけるんでしょうか?」
ぎゅっと手を握ってきた。案外この人は手が早いのかもしれない。…一生懸命なだけか?
もうどうしたらいいの。ここでうっかり頷きでもしたら、俺はずっとこの人を厄介ごとに巻き込むことになるのに。
「あ、の」
「…あぁ。追い詰めるつもりはなかったんです」
穏やかな微笑み。それから…少しだけ震えている指先が頬をなぞった。
濡れている?
「え、あ、俺」
ナニやってんだ。任務ならいつだって鉄面皮とさえ呼ばれるほど、動揺することなんてなかったのに。
「大丈夫ですよ。俺はあなたがいれば幸せなんですが、もし顔を見るのも嫌なら草にでもなりますから。以前から向いているとも言われていますし」
「そんなのだめ!」
考える前に叫んでいた。一応結界を張っておいて良かった。こんなんじゃ外にも聞こえてしまっていただろう。
きょとんとした顔をして、だが男は俺の手を握ってくれた。
あーもう。諦めていいかなぁ。欲しいっていっちゃっても許されるだろうか。
…我慢なんて、もうずっとしてる。いっそ死にたいと思うくらいに。
この人を不幸にしたくなんてないのに。
「泣かないで」
ぎゅっと抱き寄せられて、ああそういえばこの人は男だったんだなと今更ながら思い出した。ほんわりしてて、さっきは緊張のせいか冷たかったけど、いつもはあったかい手をしてて、それから穏やかで優しいだけだと思っていた。
守ってくれる人なんてずっと昔にいなくなって、だからこうして抱きしめられるとどうしていいかわからなくなる。
…そんなことして。俺はアンタを今すぐにでも犯したいとすら思っているのに。
「駄目です。外になんていかないで」
好きだとも言えず、かといって嘘でも断ることもできなかった俺の卑怯すぎる言葉に、男が笑った。
「ええ、もちろん!あなたが嫌でないなら、俺は一生側にいたいんです」
毎日だって顔を見たいと、そうじゃないと死んでしまうくらい辛いのだと言い募る男に、涙も止まった。
側にいないと辛いって言うんだから、側にいて辛くても一緒だよね?
手を伸ばしても、いいよね?
「すきです」
ぐじゃぐじゃの顔でそう告げると、蕩けそうな笑顔を見せてくれた。
…だから、もうこの人の側にいちゃいけない理由を考えるのをやめて、これからは全部この人のために生きようと誓った。

後日、あまりにも入念に痕跡を消していったことで、俺が本気だというのを悟った周囲の人々のおかげで、凄まじい速さで噂が広がってしまったんだけど…ま、今度の噂は嘘じゃないしね?
少なくとも堂々と恋人ですとか、だからあの人に手を出すなら俺が黙っていませんとかっこよく宣言してくれた人にも迷惑はかかっていないみたいだから、いいってことにしておいた。


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適当。
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