「新年、ねぇ?」 めでたいなんて少しも思わない所か、さっきまで任務だったから、新年を祝うには遅すぎるにもいいところだ。 思い返してみれば、年越しそばだの御節だの…そんなものを食べたことなんてホンの小さいころだけだったような気がする。 母さんはずっと病気がちだったし、父さん自身も俺と同じような環境で育ったみたいで、普通の行事みたいなものには疎かった。 時々思い出したように季節にちなんだみやげ物を持ち帰ることがあった位で、普段から家を空けがちで、俺が任務に出るようになってからは側にいることはあっても、当然行事だのなんだのを気に留めている余裕もなかったと思う。 むしろそういうことは先生の方が熱心だった。 ゆず湯とか言って水面が見えないほどゆずが浮かんだお湯用意していきなり人を沈めたり、大量の柏餅をよこしたり、加減を知らない人だから苦労も多かったっけ。 そして今、俺の目の前に鼻息荒く差し出されたものをみても、どうにも実感がわかないわけだ。 「新年!です!」 この人がこんなにも怒っているのには理由がある。 新年早々任務に借り出された俺は、約束の日までに帰れなかった。 それはこの人も忍だし、残念がってはくれたけど、納得もしてくれていたと思う。 でも、俺が帰るなり新年を祝いたいというこの人を無視して、欲望のままに押し倒したのは…多分この人にとって許しがたいことだったんだろう。 新年のご挨拶なんて物は、大名だのなんだのの警備についているときに死ぬほど聞かされてきたが、あれにたいした意味など感じなかった。 お定まりの決まり文句に、何年たっても変わらないへこへこと頭を下げる連中を見続けるのは正直言って退屈なだけで、警備という名目で見せ付けるように自分の側に立たせ、権威の保持のために俺の名が利用されることにも下らないとしか思えずにいたからだ。 …でもこんな顔をさせてしまうくらいなら、型どおりの言葉くらい聞き流してからにすればよかった。 終わった後しどけなく眠るこの人を見るのも好きだし、目覚めても情交の余韻を残して肌を薄赤く染めたまま気だるげにしているこの人とくっついているのも好きだ。 でも今日はその全部をすっ飛ばしてよたよたしてるくせにさっさと俺の残したモノを洗い流し、きっちりと忍服を着込んでしまったのだ。 おもしろくない。すごく。 「でもイルカ先生。もうちょっと寝てたら?」 確かに腹は減っている。この人はどうかしらないけど。 でも今はまだ夜さえ明けていない時間だ。こんな時間にわざわざこの大量の料理を消費する意味はあるだろうか。 「いいから黙って食べなさい。特にえびとちょろぎはアンタにぴったりの縁起物ですから、全部食べてもいいくらいだ」 殺気立つこの人にそんなこといえないけどね。 重箱から皿一杯に取り分けられたえびとネジみたいな形の赤いものを口に放り込んだ。 味はいい。この人は大雑把な割りにそこそこ料理ができるからそこはいいんだけど。 「すっぱい…」 「こっちのこんぶも!それから煮しめ…かずのこに関してはすみません」 「え?え?」 訳が分からないうちに空にしたはずの皿は再び山盛りになった。美味いけど、美味いんだけど! 「縁起物なんだから黙って食え。酒と飯もありますけど、いりますか?」 「頂きます…」 味が濃い物が多いから、そのまま食べるのはちょっと辛い。正直に申し出るといそいそと飯と徳利が運ばれてきた。酒盃はちゃんと2ヶある。一緒に飲んでもらえるみたいだ。 正直さっきから食べることばかり強要されてきて、辛かったんだよね。 「たくさん食べてくださいね?」 杯を傾けながら、やっと笑ってくれた。 だから…次の瞬間に山盛りになった皿にも、俺は耐えることにしたのだった。 ***** 「で、これ、なんの儀式なの?」 縁起物とかいうのはうっすら知ってはいる。そういえば先生も似たような事をしでかしてくれた気がするけど、正月ってのはこういうものなんだろうか。 食べすぎで腹が重い。元々結構食べる方だが、流石に今回は厳しかった。重箱一杯に詰められた料理を、殆ど一人で平らげる羽目になったからだ。 この人にもつまみがわりに食べてと頼むと、俺はもう食べましたからなんて言って拒まれて、それでも恨めしげな視線を向け続けてやっと、ほんの少しだけ手伝ってはくれただけだった。 「アンタが長生きで幸せになってもらわないと困るんです」 「へ?」 このある種拷問染みた食事が、どうしてそこにつながるんだ。 …その言葉自体はプロポーズみたいでときめいたけど。 「別れるつもりはないんで、数の子だけは教え子がしっかり育つことで許してください」 「ちょっ!ちょっとまってよ!なんで別れるとかそういう話になるの!?」 そこは聞き捨てならない。この人を口説き落とすのだって死ぬほど苦労したのに、不吉な様子はなにがあっても排除したい。 大事な人なんていらないと思っていたのに、それを打ち砕くくらい俺の中の大事な部分にこの人は入り込んでしまった。 これからを共に歩むのはこの人だけだともう決めている。 誰に何を言われてもそれを変えるつもりなんてないんだ。 「こんなものって思うかもしれないけど、どうしようもできないことは、こんなものにだって縋ります。俺は…アンタじゃなきゃだめだから」 「イ、イルカ先生…!」 意味はさっぱりわからないけど、こんな熱烈な言葉をまっすぐにぶつけられて、俺の理性がもつはずがない。 「わっ!ちょっ!さっきやったばっかでしょうが!」 「知らない。そんなの煽る方が悪いじゃない!」 そのまま寝室に連行して押し倒して、戸惑いと羞恥で頬を赤く染めて視線をさまよわせる愛しい人に囁いた。 「好き。いっつも言ってるけど、あなたがいなきゃ生きていけない」 言葉の代わりに抱きしめ返されて、いよいよ沸騰した俺の頭には、もうこの人の事を貪ることしか頭になかった。 ***** …で、散々やってやりすぎだったらしくて、俺の大好きなしどけない姿はたっぷり見られたんだけど、しっかり怒られた。 でもなんでかしらないけど、「まあ、いいです。しっかりお祝いできたんだから良しとします」なんていって普段ならそれこそ反省の正座タイムがあるはずなのに頭まで撫でてもらえたから。 来年は最初からしっかりお祝いしてもらおうと決めたのだった。 ********************************************************************************* 適当。 来年から胃薬常備で臨むつもりの上忍を、中忍がうりうりかわいがってやればいいと思います。 ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |