真夏の夜の怖い話(適当)

「あー疲れちゃった」
「…お疲れ様です」
疲れている。それは本当だろうということはすぐに分かった。
里長の座についてからも半分以上顔を隠しているが、唯一晒されている目の下にはしっかりクマが居座っている。
その美しさには変わりがないが、どことなく精彩に欠けていると感じてしまうのは、クマの上のいつもは聡明さと共に鋭さを感じさせる瞳が、うっすらと濁っているようにさえ見えるからだろう。
…ただ、問題は、なんで里長が俺の家の居間で俺の膝を枕に寝る態勢に入ってるのかってとこなんだよなぁ。
腰にしっかり手を回して、まるで子どもみたいに離れたら死んでしまうとばかりにひっついて、まぶたはそろそろ落ちそうだ。
寝かせてやる分には問題ない。俺の家に遊びにくるようなやんちゃ坊主はすっかり育って所帯を持った。
里のというか世界中が平和になってから安定しているせいか、家族を失ってしまった家ってのが随分少なくなったからな。それに担任って物を持たなくなって久しい。わざわざ顔見知り程度の教師の家に泊り込もうって連中はそうそういない。
だからこのボロ家で火影様が眠っているなんてことがばれる可能性は限りなく低い。
俺の脚がしびれるのさえ我慢すれば、この人にとって貴重であるだろう睡眠時間を邪魔することもないはずだ。
でも、ベッドのがいいよな。まあそれを言うなら俺の家のよりも火影邸の方がよっぽどいい寝具揃ってるはずだしな…?
どうしたもんだろう。せめてベッドに移動させた方がいいんじゃないだろうか。話を聞くのは起きてからだってできるんだしそこはいいとして、畳の上で俺を枕にねたら腰でも悪くしそうだ。
意を決して声を掛けたい所だが、問題がひとつ。
幸せそうに寝てるんだよなー…この人。
友と呼ぶにはほんの少し遠くて、だがただの知り合いでもなかった時期が長かったせいか、どうもそっとして置いてあげたくなる。
もっと事務的に対応できたら。むしろもっと親しければ軽口の一つも叩いて、ベッドに追いやるくらいはできただろうか。
家に帰ってきてすぐ麦茶をがぶ飲みして、クーラー入れて座った瞬間にこの人でてきたもんなー。
何か面倒なことから逃げてきたのかもしれん。三代目も重要な決定を迫られたときとか、奥様を怒らせてしまったときなんかにこうやって遊びに来てくれたもんだ。
…そういや五代目も賭けが外れてすった金を側近に誤魔化しそこねたとき、俺の家に逃げてこようとした事があったな。夜道でいきなり匿えとかなー…。結局、護衛の暗部の皆さんが速攻でシズネさんをつれてきてくれたおかげで未遂に終わったけど。
火影ってのはみんな逃走癖でもあるんだろうか。それだけ重圧に耐えてるってことだと思えば腹も立たないんだが、心配ではある。
「カカシさん。ベッドに行きましょう?ここで寝たら腰悪くしますよ?」
駄目元で腹を括った。俺の寝床がなくなるくらいなんてことないもんな。
…起きてくれるといいなと思ったが、開口一番寝ぼけているにもほどがある発言をかまされるとは思わなかったが。
「んーすごい殺し文句」
「…疲れてるんですね。起きたなら立てますね?むさくるしい部屋ですが、朝までならここで過ごしていただいて…んぐ?」
いきなり指を口に突っ込まれた。…むかーしよくやったなぁ。犬とか猫とか、あくびした瞬間に指突っ込む遊び。
寝ぼけているにしても大概失礼だろと思わんでもないが、この状態の人に言っても仕方がないか。
口をもがもがさせながら文句を言うのもなんだろうと、とりあえず担ぎ上げて運ぼうとした。
はずだったんだ。
「ん。じゃ、お望みどおり朝までしっかりヤリたおしましょ?」
「は?」
背中がふかふかする。干したての布団の匂いだ。この人がやってくれたんだろうか。っつーかなんでベッドに放り投げられてんだ。寝るべきはアンタだろうが。
「こじらせて眠れなくなるくらいなら、一発ヤってきたらどうですかーってね。後輩の分際で生意気でしょ?ご意見番の爺婆共にも、縁談ばかすか持ち込まれてイライラしてたんで、欲しい人がいるからいい加減にしてくださいっていったらさっさと玉砕して来いって」
「…はあ」
なんでこう…こんな態勢で火影様の恋愛事情なんてもんを聞かなきゃならないんだ。
「鈍いよねぇ?ま、いーや。体で俺の思い、受け取ってくださいね?」
どんよりと濁った瞳でそう言った人は、もしかしなくてもちょっとばかりねじがすっ飛んでいたんじゃないだろうか。
そうじゃなきゃ、中忍の同性捕まえて、さんざっぱら文字通りやり倒すなんてありえないだろう?
「う、ぅぅ」
気絶するまでやられて、そっから先はおぼえてもいられなかったが、目覚めるなりこの全身の倦怠感はなんだろう。泣きそうだ。
「ん。もっと?」
「うるせぇだまれ。ああくそ寝言か…!」
文字通りヤリ倒した男のおかげで寝返りさえも辛いというのに、張り付いたイキモノはご機嫌で破廉恥な寝言を垂れ流している。
汗ばんだ素肌が張り付く感触が危うい。知らなかった感覚を、焼き付けられてしまったあの快感を、思い出してしまいそうで。
おかげで目が覚めたんだが、歩けそうもない。幸い今日は授業がないとはいえ、欠勤連絡しねえと…。
どこぞの妖怪のように背に張り付いて昨日散々無体を働いてくれたモノを押し付けてくるこのイキモノを、さっさと排除して、それから…。
「お休みの連絡はしておいたんで」
「へ?」
「もっといちゃいちゃしましょ?」
「…は?」
「眠いです」
「…まあ、それは俺もですが」
なんだろうこのイキモノ。マイペースにも程があると思う。思うんだが。
俺も眠い。この男も眠い。それならもう、ねむっちまうが勝ちな気がした。
「ん」
「…おやすみなさい」
里長が言うんだから欠勤はなんとかなるだろうと捨て鉢な気分のまま目を閉じた。


翌日、俺と結婚すると言い張る男のおかげで、ご意見番を初め暗部の皆さんにまで雁首揃えて説教やら泣き落としやらお勧めの禁術交換会やらが始まるなんて思いもせずに。

 

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適当。
あついようあつい。

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