おいかけっこ(適当)


「ホントは追いかけっこは好きじゃないんだよねぇ?」
「そうですか…それは当然俺もです」
何だってこの人はこんなにも逃げ回るんだろう。…さっさと済ませてしまえば一瞬で済むものを。
「ふぅん?イルカ先生ならわかってくれると思ったのに」
「なんで出さないんですか。それ」
報告書の未提出なんて普段なら無視したい所だが、受付当番を上がって外へ出ようとした途端、この人と目が合った。
それで何で逃げるんだか…。
男の常として逃げるものはとっさに追ってしまうというか、受付職員としてもすでに記入済みだと一目で分かる報告書を持っていきなり逃げ出されたら追う外ないというか、不審な行動をとるこの人を放っては置けなかった。
「だって。もう帰っちゃうんでしょ?」
なんでそこで拗ねたみたいな顔するんだ?こっちだって暇じゃないってのに。
アカデミー生ならまだしも、上忍…というかそれ以前に成人してるんだからもうちょっと考えて欲しいもんだ。
「そりゃそうです。それ受け取ったら帰りますよ。明日だってアカデミーが…」
「え!受け取ってくれるの?」
いきなり手を握られた。逃げ回られて触れることすらできなかったから、いっそこの隙に奪ってしまいたいところだが、残念ながら両手をきっちり握り締められているから無理そうだ。
「当たり前でしょうが…。報告書受け取らない受付職員はいませんよ?不備の指摘はしますが」
ちょっとうんざりした口調になったことは許して欲しい。
今日は本当に疲れていて、惣菜でも買って帰って飯食って風呂はいってとっとと寝たかったんだ。
それをこれ見よがしに追って来いとばかりに走りだした上忍のおかげで…!あ、やばい。泣きそう。
「じゃ、受付いきましょっか!」
「なんなんですかその変わり身の速さは…まあなんでもいいですけど。いそぎま…っ!?」
一瞬のめまいのあと、目の前に見覚えのある光景が広がっていた。受付だ。
…なんでわざわざ瞬身を…?
「とーちゃーっく。さ、受け取ってください」
「はぁ…まあもうなんでもいいですけど」
受付にいた同僚の面食らった顔には気づかないフリをした。もうそんなモノに構っている余裕はない。
さっと確認して不備がないことは確かめられた。決算印もさっと借りて押して、捺印済みの山に移動もさせた。コレでもう俺は無罪放免のはずだ。
「おかえりなさいって言ってください」
「おかえりなさい」
型どおりの挨拶さえ、コレを言えば帰れると思えばこそ口にしたものだった。
これで解放される。
そう思って気を抜いたのがまずかったんだろうか。
「じゃ、おかえりなさいのちゅー。貰ってきますね?」
「は?え?なっ!?」
触れるだけだったとはいえ男に、それも素顔を見てしまった。
おたおたしている間にも、男は上機嫌で去っていく。…凍りついた受付職員一同を放置したままで。
「イルカ…まさか…!?」
「お、おい?大丈夫か?」
心配してくれるならまだしも、どうしてあらぬ疑いをかけられなきゃいけないんだ。
「なにすんだー!くそ上忍がー!」
怒鳴り声などどこ吹く風だ。追いかけようにも…今度こそとんでもないまねをされそうで恐ろしい。
今度あったら殴ってやる。
そう心に決めた俺は気づかなかった。
…もうとっくに男の罠にはまっているコトに。


その後も里中に失礼極まりないうわさをばら撒いた上忍のおかげで、俺はいまやすっかり時の人だ。
「つれない人にはおいかけさせないとね?」
したり顔でほらを吹く上忍を、それでも追いかけずにはいられない俺がいる。
放っておけばろくでもないうわさを広げ、かまえばかまっただけ疲れる。
もう八方塞な気がしなくもないんだが、諦めればそこで終わりだと思えばそうも行かない。
「くっそー!覚えてやがれ!」
そうして、今日も里中に響く大声で、俺はかの上忍を追いかけているのだった。
勝ち誇ったように、それから心のそこから楽しそうに笑う上忍を。


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適当。
労働者の悲哀。
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