おいかけられておいかけて(適当)



おいかけっこするにも分が悪い。
相手は元暗部だとか今も暗部だとかの噂のある凄腕上忍で、それでなくとも厳しい状況だってのに、その上俺は手負いだ。
ざっくりやられたその傷が、足じゃなかったことくらいは喜んでイイだろうか。
「おいこら!まーちーやーがーれー!」
何でこんな事になってるのか。
臓腑が腐りそうなほどの殺気をぶつけられて、とっさに逃げた俺以外の仲間は全員失神した。斬られたかどうかまでは確認してないが、少なくとも血の匂いはしなかったから多分無事なはずだ。
で、俺だけ腕をざっくりやられたのは、殺気の塊から逃げようとしたとき、どこからか殺気の塊に向かって投げつけられたクナイを避けそこなったからだ。
もうちょっとちゃんと狙えと言いたい。お陰で二の腕をパックリやられて、止血はしてあるものの今も痛む。
敵は少なくとも二人。仲間はこのままじゃ消されるかもしれない。
そう判断したからこそ敵を引き付けてとにかくここから離そうとしたのに、俺は笑えるほどあっさり捕まった。
その、殺気の塊に。
「ごめんなさい」
子どもみたいに袖を掴んで泣く男は顔見知りで、一度三代目の前でも派手にやりあった事がある相手だ。
なんというかだな、考え方が俺とまるで違う。気が合わないっつーかだな。
あの子達をあそこまで立派に育ててくれたことに関しては感謝してもしきれないくらい感謝してるさ。
そりゃ、全部が全部納得してる訳じゃない。俺は多分結構執念深いんだ。
やっぱり危なかったじゃねぇかとか色々言いたいことはあったが、あの子達が見事にやり遂げてくれたのは、俺が思った以上にこの人が俺に見えないどこかを見抜いて育ててくれた結果だ。
でもなぁ。ああいう物言いは駄目だろ。普通に。
いい人なのに敵が多いのは、ああいう感じで人をバッサリ切り捨てるせいじゃないかと思う。
まあ俺も駄目だけどな!格上相手に公の場で派手に喧嘩吹っ掛けた挙句、納得しきれなくて闇討ちたくらみつつ並行して試験官にまで立候補しちまったもんな。
で、それ以上に今回の件は許しがたい。
クナイを投げたやつは多分その一瞬でズタボロにされた。首取れてんのに生きてるってことはないだろうから、倒れたままの味方を傷つけることもないだろう。
一緒に転がってるのを見るとぞっとしたが。
そのままこれまたすごい速さで俺の手当てをしてくれて、なにがあったんだと聞いた途端に唐突に逃げ出したのだ。あの男は。
それも大粒の涙をぼろぼろ零しながら。
泣きながら逃げるくらいなら最初っからやらなきゃいいだろうがあんのくそ上忍!
ってかあれだろ。任務中に巻き込まれただけなら泣いて詫びるほどのことじゃない。怪我をしたのだって俺だけだし、敵の気配になんてまるで気付いてなかったからあの人が来なかったらもっと被害は大きかったはずだ。
それを、なんでまたこんなに必死になって逃げるんだか。
今が夏でよかった。火の始末はしてきたから、野営地にほったらかしてきた仲間も多分無事だろう。
しかしちっともいつまでたっても追いつけない。泣いて視界だって悪いはずの相手だってのに、中忍の中でも群を抜いて足が速い程度じゃ足元にも及ばないってことか。
「くそじょうにんー!」
何度目か分からない罵声を投げつけて、枝を蹴る。
跳んで、叫んで、また跳んで。
肺から血の匂いが這い上がってきても、意地でも捕まえてやろうと走り続けた。
「くそ…っ!」
途中でぼたぼたと滴り始めた血に気付いたときにはもう遅かった。
血が止まってない。…ってことはだ。毒かなんかが塗られてたってことだ。
じっとしてればまだましだが、そりゃもう必死に走り回ったから回るのも早かったんだろう。
急激に狭くなり始めた視界に、動こうとする足が追いつかなかった。
「あ」
ヤバイ。落ちる。
この浮遊感は落下のせいだけじゃなさそうだ。意識も危うい。
受身だけでも取ろうと足掻く体を、凄まじい速さで何かが抱きとめた。
そしてそのままその速さのまま走り続ける。文句をいう暇もない。
抱えた体をそのままに、口笛らしきものを吹いたと思ったら傷口を舐められた。
移動してるのは間違いないはずなのに、なんて無駄に器用な人なんだ。
下ろせと喚くのは諦めた。力が入らないのもあるが、この男が逃げるのを止めたからもう必要ない。
「先輩!」
「解毒剤。新しいやつ持ってるでしょ。多分効く。医療忍は?」
「すぐ来ます!」
知らない声が聞こえたと同時に体が四肢が風を切る感覚が消えた。止まった、のか?
「イルカ先生…!イルカ先生!」
「な、んですか。アンタは。逃げるわ走るわ喚くわ」
「意識はありますね?これを飲んでください」
猫っぽい仮面の暗部が怪しげな丸薬を差し出してきた。話の流れから察するにこれが解毒剤なんだろう。
ありがたくいただきたいのは山々なんだが、がっしり抱きしめられているせいで身動きが取れない。血、ついちまったんじゃないかな。落ちにくいのに。
「ありが、と、うご…」
とりあえずお礼を言ってこの馬鹿に離せってのと逃げるなってのを言い聞かせる予定が、口の中にねじ込まれた丸薬のせいで果たせなかった。
「飲んで!ねぇ!あ、そっか水!水!」
「んぐ!んー!んー!」
馬鹿かこの上忍。毒食らった相手に口くっつけて水飲ませるなんて!うつったらどうすんだ!
「…オアツイデスネ」
そこの暗部も!棒読みみたいな台詞はいてないで止めてくれ…!
「体温は…まだ下がってない。失血…造血丸もか」
「ふむぐ!」
まてこらおい。俺はペットとかそういうんじゃないから!口にぐりぐり薬押し込まなくても飲めるって!
「あのう。あっちの中忍部隊は撤収させちゃいましたけど」
「そ?イルカ先生は俺が連れて帰る。あっちもこっちも任務は終わってるし、もういいでしょ?」
「呼び出してすみませんでした。そちらの…中忍は、えーっと、恋人ですか?先輩の」
口の中に指が押し込まれたままじゃなかったら、驚きのあまり叫んでいたかもしれない。
クソ上忍だって泣いて…って、何で泣いてんだ。この人。
「…ううん。片思い」
「んぐ!?」
「あ、もう効いた?よかった!」
確かに体は楽になった。一発くらい殴れるかもしれないくらいには。
っていうかだな。なんだそりゃ。おかしいだろ。いつどうしてそんなことになったんだ。全然気付かなかった。
どこぞの乙女のようにめそめそと泣かれると、どこか別の世界に来てしまったのかもしれないとすら思う。
「あ、の」
「ん。ごめんなさい。あんまり隣の人と仲がいいから嫉妬しちゃって…。お陰で追ってた敵に気付かれちゃって…こんなことに…ッ!」
あ、ヤバイ。また泣く。
そろそろと距離を取ってそれからあっという間に姿を消した猫面の暗部の人は助ける気はないらしい。
俺だって逃げたいのに!
「あの殺気って、じゃあ」
「よく一緒にいますよね…。ご飯も一緒に食べてていいなぁって。一楽はあんまりついてこないみたいでしたけど」
…なんで俺の交友関係を把握してるのかってのは聞かなくても分かる。
上忍の腕をもってすれば、俺の日々の生活をみはることなんざ雑作もない。
別に隠すことなんて特にないけど、だからって気持ちのいいもんじゃないだろう。こういうのは。
「…アンタ、いつから」
ストーカーしてたんだと聞くつもりが、桃色に染まった男の頬に驚いているうちに聞きそこなった。
「ず、ずっとです…!中忍になりたての子が来るからって気をつけなきゃと思って見に行ったらすっごく元気が良くて、初日から営倉入りになったのはびっくりしたけどセクハラ野郎は俺がぼっこぼこにしておきましたから!」
いつだ。実は戦忍やってたころは喧嘩っ早くてしょっちゅう営倉入りになってたからはっきりとは思い出せないが…中忍になりたての頃って言うと、最初の任務かもしれない。
夜伽をしろと寝言を吐いた上官をトラップに嵌めてぼっこぼこにした挙句、任務こなせば文句はねぇよなって啖呵切って実際に敵をまるっと叩きのめしてきた。
セクハラされたのが俺だけだったら趣味の悪いおっさんだなで済んだ話なんだけどな。同期のくノ一にまでちょっかい掛けやがって…!さ、さんぴーとかとんでもないことをだな!
アレは成敗だ成敗。営倉入りしてる間に仲間がどうこうされないように、信頼できそうな人に頼んだ覚えはあるけど…そういや、アレ?ちょっと待て?
頼んだアイツは銀髪だった。ちょっとオカマっぽいしゃべり方してた。でも獲ってきた魚食わせてやったらよってくるようになって…。しかも暗部。
コイツだ。まちがいない。そういやあの時も。
「てめぇ…!いきなりキスしてきたよなぁ!お礼に一楽のラーメンなんでもおごってやるって言ったら!」
「うん!かわいかった!」
会話が成立していない。そして蘇るしょっぱいファーストキスの思い出が俺を苛む。
「アンタあんな前から!」
「好きです」
「アホか!」
「アホでも馬鹿でもなんでもいい。もう我慢できない。俺と付き合って?」
何しちゃうかわかんないとか、また任務で大変なことしちゃうかもしれないとか、脅し文句に従う気はこれっぽちもなかったんだが。
「いい加減に…!」
「好き。もうおかしくなっちゃうくらい好きなの。…ねぇ。俺のこと好きになって?」
涙目で上目遣いでそんなこと言われるとだな、その。
まつげ長いなぁとか、必死だなとかそういうのがこう…!
「お友達からです!き、キスもアウト!」
これは言っておかないと酷い目に合いかねないからな。コイツ手が早いから。
「やった!からってことは先があるんだよね!」
「…そりゃお前次第だ!」
「がんばる!」
無茶苦茶だ。いい年ぶっこいた三十路の男二人で何やってんだろう。
そう思いつつ、ほっぺならイイよねといいながらキスをしてきた男を、とりあえずぶん殴っておいた。
それが嫌じゃなかった俺が、押し切られる日はきっと近いんだろうなぁとため息をつきながら。


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適当。
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