にゃあご(適当)


「なーお」
「お?なんだおまえ。なつっこいな?」
 白っぽい影が寄ってきたと思ったら、甘ったれた声で鳴きながら身を摺り寄せてきた。
 腹でも空かせてるんだろうか。
意外と大きなその猫は歩くことが難しいくらいにまとわりついてくる。うっかり蹴っちまったらと思うと怖くて、しょうがないから抱き上げたら、抵抗もせずにゴロゴロと喉を鳴らしている。意外と重くて大きい。近所の三毛猫が羽のように身のこなしが軽いから、もうちょっと軽いイキモノだと思い込んでいた。
犬なら忍犬使いの生徒がいるから多少はどうしたらいいかわかる。だが今のところ忍猫使いはいないし、任務でもどうこうしたこともない。そもそも猫使い自体が少ないんだ。賢さは忍獣にするのに十分なんだが、いかんせん気まぐれで飽きっぽいのが多いらしい。気に入った飼い主のことならまだしも、同胞であるという程度なら庇うことも助けることもしないんだそうだ。そりゃわざわざ使おうってヤツは減るよなぁ。
忍犬使いで忍鳥使いで、その上ウサギと猫まで飼ってる同僚いわく、その性格は愛玩動物としては最高らしいけどな。
甘え倒す姿を見ていると、確かにこれはかわいいと思うのも無理はない。手触りもふわふわとしていて滑らかで、犬の硬い毛とはちがってにおいも薄い。
動物好きの件の同僚が、お勧めだと喚いて早速猫の釣り書きみたいなものまでもちだしてきたことを思い出してきたときには閉口したが、猫のよさってのはなんとなく分かる気がしてきた。
「んなぁーなぁーう」
「んー?何だよお前。懐っこいのはいいけど、家はどこだ?」
「んーんぅ」
 まるで会話が通じているみたいな相槌にも似た鳴き方に、思わず噴出してしまった。それに憮然とした表情をして見せるあたりも愛らしい。
うちはペット可物件なんだ。コイツを今ちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけ家に上げるくらいなら、まず間違いなく文句は言われないだろう。
「しょうがねぇなぁ。うちには鶏肉くらいしかないぞ?」
「んなぁ!」
 えさの話題だと気づいたのか、それとも雰囲気で受け入れられていることを察したか、ふかふかの白い猫はとびっきりイイ声で鳴いてみせた。
 ここまで懐かれたらなんとなく気分がイイ。元々動物好きだ。やわらかくて庇護欲をそそるこのイキモノをそのまま放置しておく気にはなれなかった。
抱き上げたままアパートの玄関を開けて、それから興味深げにうろつく猫に粗相をしないようにとだけ言い置いて、早速鶏肉をフライパンに乗せて焼き始めた。香ばしい匂いに思わず腹がなる。猫に分けてやる分だけ先に取り出して、後は適当に塩と胡椒としょうゆだけ振って皿に盛り付けた。飯と味噌汁は出来合いだ。ついでにカップラーメンといきたいところだが、その前に猫にえさをやらないといけない。随分と腹を空かせていたようだった。むしろそうじゃなきゃ俺みたいに初対面の人間に声をかけたりはしないだろう。
「おーい。肉だぞ肉ー白いのーどこだー?」
「ここですよー」
 ん?なんか今妙に間延びしたのんきそうというかちょっと胡散臭い声がしたような?
「白いのーこないと全部俺が食っちまうぞ?」
「食うのはあなたがいいなぁ」
 気配は、ない。聞き間違えでもありえない。内容の意味はわからんが、少なくともここが安全じゃないということだけは察することができた。
ただならぬ雰囲気にきづいたのかよってきた猫を抱き上げる
大猫!無事か、ちょっとじっとしてろよ?今結界を…
「もっとなでてもいいよ?」
「は?え?うお!お前しゃべれたのか!」
 間延びした声は猫からしていた。ほっとしたというより驚いて思わず落とすところだったが、そこは猫。きちんとしがみついてはがれなかったから無事だった。まあ猫だし、おっこちても身のこなしでなんとかするんだろうけどな。
「んー?まーね」
「なんかちょっとえらそうなんだな。お前」
  面構えは中々かわいいというかりりしいと言うか、綺麗な猫だってのに、そのふてぶてしい態度はちょっといただけない。まあ猫がふんぞり返ってても、かわいいだけなんだけどな。
「えらいしね。俺」
「…そうか」
 えらいってことはもしかしてどっかの忍猫だったのか。悪いことしちまったな。飼い主でもないのにえさをやるのはまずいだろう。うちの生徒の犬使いも、食べさせていいかよく確認しないで餌付けするヤツと派手にけんかしたこともあったくらいだ。
 さて、どうするか?
ねこは我が物顔で膝に上がってきて丸まっている。追い出そうにも手触りがよすぎて、どうもそんな気になれない。
「ねー?俺のモノにならない?」
「は?イヤお前、主がいるんじゃないのか?」
「ま、ね。いるようないないような?でも別にプライベートに干渉されるような関係じゃないし?いいでしょ?ね。俺アンタが気に入ったの」
 よくわからんが、主が放任主義ってことだろうか。いい気はしないだろうが、少なくとも鶏肉くらいなら与えても大丈夫なのかもしれない。
「肉、食ってくか?」
「んー?後もうちょっとだと思うんだけどねぇ?ま、食わせたいなら食ってあげてもいいよ?」
 生徒なら拳骨の一つも落とすところだが、相手は猫。とらえどころのない柔らかでしなやかな体は、扱い方がわからない。当たり所が悪くて具合でも悪くされたらと思うと変なことはできなかった。
「…お前な…まあいいか。お前用に焼いたヤツだし。食ってけよ」
「ん、どーも。食べさせてくれるよね?」
「あーはいはい。で?どうすりゃいいんだ?」
「一口でいけるくらいにしてよ。大きいのはいらないでしょ?ま、俺のは入れちゃうけど?」
「よくわからんが、猫ってのは不便なんだなぁ」
 焼いちまったのがまずかったんだろうか。近所の三毛はその辺でバッタとか獲って食ってた気がするんだが。時々ご近所の焼き魚を奪おうとしてることもあるし。肉だからか?
 とりあえず適当にちぎった肉を口に運んでやると、ふんふん匂いを嗅いでからもごもごと食べ始めた。美味そうに食うなぁ。口ではあんなこと言っても、やっぱり腹が減ってたんだろう。牙は思った以上に鋭い。爪もちょっと刺さって痛いんだが、猫だしなぁ。  せっせと肉をやることしばし。きっちり食いきった猫は俺の指まで綺麗に舐めとったあと、満足げに毛づくろいをはじめた。
「おいしーよ」
「そうか。よかったな」
 どうにも態度はでかいままだが、腹が減って気が立ってたのかもしれない。俺もさっさと飯を食ってしまおう。
 膝に暖かいイキモノを乗せたまま、少し冷めてしまった飯を掻き込んだ。そのぬくもりを心地よく感じながら。
*****
「こんにちは」
「へ?こんばん…こんにちは?」
 もう深夜だ。っつーかだな。誰だこれ。何で上に乗ってるんだ?そうだ。猫!猫はどこいったんだ?!無事か!
 寝るときは俺の上で丸くなってたはずなのに…!
「あー俺俺、わかる?」
 詐欺の電話みたいなこと言いやがって、何だコイツ。そう思って見える範囲を観察した。銀髪はここでは珍しい。人の家に上がりこむ意味もわからない。それから二の腕に刺青が…。
「え?わかりません!ってか暗部!?なんで俺の家に!」
「アンタが拾ったからでしょうが。術が解ける前に捕まりそうだったから助かったけどねー?どっちかって言うと前から狙ってたって言うか。ね?」
 この聞き覚えのある声。さっきまで撫でろとか後でねとか騒いでいたあったかくてやわらかいイキモノと同じだ。
「猫―!お前なにやってんだ!さっさと戻れ!」
 変化までできるとは恐ろしい。それともあれか。もしかして暗部ってこういう猫が変化した連中ばっかりなのか?だから獣の面を…?
「戻ったの。俺の方が本体。でもま、今びっくりしてるみたいだし、ヤっちゃおうかなって思ってたけど、まだもったいないか」
「は?え?何なんだよ一体!」
 寝入りばなを邪魔された怒りと混乱で怒鳴りつけた瞬間、さっきの猫が膝の上に乗っていた。
「今日はおとなしく寝てあげる」
「…出てけよ」
「やだね。ほら、あったかいでしょ?」
「うっ!それは…そうだけど」
「寝ちゃいなよ。とりあえず今日は我慢してあげるから」
 追い出したい。追い出したいが…このイキモノは出て行かないだろうという確信がある。
 どうしたもんだろうかと悩む暇もなく、膝の上の猫はすーすーと寝息を立て始めてしまった。
 こうなると弱る。追い出しにくいじゃないか。外はもう寒いのに。
「全部、夢だ。きっと」
 今日は大丈夫だっていってたし、多分夢だし、もう一度しっかり寝てから考えよう。
 そう決意してさっさと意識を手放したんだが、もしかしなくてもそれは逃避だったかもしれない。

 目覚めるなり銀髪の男が全裸で横に寝ていて、挙句に唇まで奪われたってのは…忘れたい思い出だ。
俺の人生にはまるでそんな予定はなかったはずなのに。
「ま、気長にね。アンタ寝ちゃうと起きないから楽しいし」
なんとも不穏な台詞を吐く男…猫の素が、猫だったり人間だったりするおかげで追い出しきれないでいる。
「…出てけよ?」
「無理だよー?ほら、猫ってのは家につくもんなんだから」
 ここが俺の家だと言わんばかりの俺の膝に陣取る猫を撫でながら、引っ越してもついてきそうだよなぁとため息をついたのだった。



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適当。

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