住処(適当)


「家って大事ですよねぇ」
そりゃそうだ。
あの日以来、自分の住処ってものの大事さは死ぬほど思い知らされている。
待っていてくれる人を失っても、帰る場所があるってだけで多少はましだ。
それすらも失ったあの日から、自力でこうして、たとえ借り物であるにしろ憩いの場所を得たことは自分にとってもとても大きなことだった。
狭くてもくつろげる空間をもてたことは自信にもつながったし、ひとりでもやっていけるんだと思えるようになった。
のはいいんだが。
「そうですね。で、あんただれだ」
見知らぬ人間がその憩いの空間でしみじみとわかったような口を利く理由がわからない。
なんでこの人、勝手に人んちに上がりこんだ挙句に堂々とお茶まで飲んでるんだ?
鍵は忍にとって意味を成さないことはよくわかってはいる。
術でも道具でも簡単に開ける方法は山ほどあるからだ。
とはいえ、普通は鍵のかかった家にあがりこんだりはしない。
できてもしないのが常識だ。
任務でもないのに人の家に進入したら、たとえ上忍でも処罰の対象になる。
…表向きは、だが。
「あ、はたけカカシと申します。身長は180ちょっと。体重は秘密。趣味はいちゃぱらです」
「で?」
だからなんだといいたい。
身元を聞きたいというのもあるが、何の目的でうちに上がりこんでいるのかを知りたいんであって、身長だの体重だのには欠片も興味がない。
不審者にしては態度がでかいから、てっきり任務かと思ったのに。
…なんだこいつ?
「あ、はい。えっと…いやぁまいったなぁ」
参ったのはこっちだといいたいところだが…どうしようか。ひょっとしてホンモノのアレな人なんじゃないだろうか。
この状況でなんで照れてるんだ…。
「えっとですね。任務ですか?そうじゃないなら帰ってください」
さっさと追い出したい。取り繕えるほどの余裕はなかった。
異常事態に混乱していたのもあるが、自分の家に他人が上がりこんでいて平静を保てる人間は早々いないと思う。
憩いの空間。自分だけの。…そこに入り込んだ訳の分からないものと、早くおさらばしたかった。
「あ、任務じゃありませんが、その前に。…好きです!」
「は?」
今なんて言ったんだこの男は。
「あの、ずっと好きで。報告書提出するときにこの屋根の上通ってるんですけど、いつも…ここはいつも暖かそうだったから」
「屋根の上はまずいでしょうが」
有事の際以外は原則禁止だ。まあ上忍クラスになると音も立てずに異動できるが、下忍じゃ無理だからな。迷惑にもほどがある。
…暖かそう。そうか。そうだな。自分しかいない部屋だが、のんきにくつろげるここは確かに任務帰りに見たら暖かそうに見えたのかもしれない。
「それで、なんとなくいつも見に来るようになって、いいなぁって。あなたはいつも何かいてあるんだか分からないようなテストとか日記とか、ちゃんと全部みてますよね」
「え!あ、まあはい。アカデミー勤務ですので」
「その横顔がまたすっごくいいんですよ!」
力説されてもどうしたもんだか。
…ああでも、きっとこの人は疲れているんだな。酷く。
行動自体はストーカーそのものだが、少し申し訳ない気分になってきた。
激務に壊れる。それも肉体でなく精神が。そんな上忍は少なからずいて、この人はきっとそのぎりぎりのところで助けを求めているんだろう。それも多分無自覚に。
「あー…そのですね。好きとかそういうのは男なので無理ですが、とりあえず飯でも食ってきますか?」
「いいんですか!」
人んちに勝手に上がりこんでおいて、変なところは遠慮するらしい。
…まあいい。なんとかなるだろう。
「いいもなにも、飯食って風呂はいってしっかり寝て、それからもう一度ゆっくり考えてみてくださいよ。あんた多分相当疲れてるはずですから」
「優しいんですね…!」
犬みたいだ。それも寂しがりやの。
目をきらきらさせて撫でてもらえるのを待ってるような。
「ほらいいから。手を洗ってくる!」
なぜか靴は勝手に脱いで玄関にそろえておいていたから、そこはまあいいだろう。
洗面所に追い立てて、そこでもしきりに歓声を上げる男を放置して、台所へ急いだ。
惣菜は一人分しかないが、冷蔵庫には冷凍の魚の切り身くらいはあったはず。多分なんとかなるはずだ。飯も沢山たいて朝まで持たせるつもりだったからな。
「ここに、ずっとはいりたかったんです」
にこにこしながら呟いた男に何があったのかは知らない。
ただ、放っては置けなかった。
…ただ、少しだけ。ほんの少しの間だけなら、ここにおいてやってもいいと思うくらいには。
「勝手に入らずにちゃんと家主に確認はしてくださいね」
「はい!」
またなぜか照れくさそうにしている男が理解しているとは思えないが、まあもうこの際色々諦めよう。
幸い男の見た目は冷静になってみると綺麗だ。でっかい器量よしの犬でも拾ったと思えばなんとかなるだろう。
「コレもペットになるのかな…」
ため息交じりの独り言に、男がにこにこしながら答えてくれた。
「ああ、いいなぁペット!ずっと大事に飼ってくださいね!」
…その言葉通り、すっかり懐いて毛艶も良くなった男と、一生を誓うことになるなんて、想像もしていなかった。
実はそのとき暗部だったとか、抜けた後顔を隠して上忍師になって会いにきたとか、それはもういろいろやらかしてくれたのだ。
まあでも、どうやら俺はあたりを引いたらしい。
「あなたの側はいつだって暖かいです」
そう言って幸せそうに目を細める男と過ごす自分も、暖かい気分になれるから。


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適当。
ほんわか風味の変質者。
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