あなたのために(適当)

里は色とりどりの明かりに飾り付けられ、アカデミーにももみの木がやってきた。
俺たち教員が山から切り取ってきたそれは、子どもたちが登れるほど大きくて、固定さえしてしまえばいいおもちゃになった。
生徒たちは大はしゃぎで、授業もそっちのけで飾り付けを作ってくれて、中には何を勘違いしたのか短冊まで下がったりもしているが、素朴で可愛らしい仕上がりだ。
とにかく、町中がすっかり浮かれモードなのは間違いない。
遠方への配達や遊興施設の飾りつけなどなど…任務内容もクリスマスがらみのものが増えて、受付兼任としては嬉しい悲鳴だ。
どうせ一緒に過ごす相手もいない。
街中を歩く恋人たちや家族連れを見ると寂しさもあるが、誰かが側にいることにわずらわしさも覚えてしまう自分には、きっと一人が合っているのだろう。
恋人と呼べる人がいたこともある。誰とも長続きしなかったが。
側にいて守りたいと思うのに、どうしようもなく一人になりたくなることがあるのだ。
少しだけ距離を置くと、すぐさま心配して寄り添ってくれる彼女たちに申し訳なくて、出来るだけ側にいようと思うのに、一度でもそう感じてしまうとその好意さえ苦痛で。
それを彼女たちは許してくれないのだ。
すぐに気付かれて捨てられてしまうのは、女性は自分に向けられる感情に敏感だってことだろうか?
寂しがりやだという自覚があるのに、自分でも不可解なこの感情を持て余している。
一人は嫌いだ。でも誰かが側にいてくれるのもどうしようもなく苦痛なときがある。
どうせなら誰も傷つかない方がいい。
だから今年もクリスマスの受付を引き受けた。
家族持ちには喜ばれたし、一人身には心配と差し入れをもらえた。
温かいチキンと小さなケーキ。酒は流石に受付には持ってこられなかったらしいが、俺にとってのクリスマスはそれだけで十分だ。
同僚たちと飲むのは楽しい。だがいい人を見つけろと言われる度に暗い思いをよぎらせるのも面倒だ。
俺は、ずっと一人でいい。
どんなに面倒ごとをしでかしても、子どもたちにはあの訳の分からない衝動は湧かないから、ある意味教師は天職なのかもしれない。
「イルカ先生…?」
人の出入りが少ないのをいいコトに、ここぞとばかりに書類整理に集中しすぎていたらしい。
声を掛けられるまで気付かなかったが、少し驚いた顔で俺を見ているのは…知り合いの上忍だ。
「あ、ああ、すみません!報告書、お預かりします」
「…お願いします」
受け取った報告書を確認すると、どうやら随分と任務期間を縮めているようだ。やはりこの人にも今日、共に過す相手がいるのだろう。
待っている人がいるのなら急がなくては。
何度かこの人の報告書を受け取ったことがあるが、そのどれもがこの人でなければこなせないほどに困難なものばかりだった。
今回も任務内容は難易度が高い。任務に発ったのが2日前だから、これほど短期間にこなすその実力には感服するほかない。あこがれるにも遠すぎる人だ。
だが、こういう人だからこそ、誰かのぬくもりが必要だろう。
俺も、あなたのためだからなんていわないでくれたら。
アナタのためだから高ランク任務を止めてだの、あの子どもに構うのは止めてだの…そういわれるだけで冷めてしまう。彼女達に緩やかに支配されそうな気がして。
女性らしい庇護欲が重くなるのは自分がおかしいせいなのに、心のどこかで彼女たちを責めていた自分に気付いて苦笑した。
「…お疲れ様でした」
報告書のチェックを手早く済ませ、せめてこの人が早く誰かに暖めてもらえればいいと思った。
分かれた彼女達への後ろめたさの裏返しなのかもしれない。それでも、里のために戦い続ける人に安らげる時間があればいいのにと願った。
「イルカせんせ」
「はい?」
「先生はさ、今日ずーっとここなの?」
そう言われて時計に目をやると、そういえばもう受付を閉める時間だ。
「ええまあ。でもあと少ししたらここを閉めて帰ります」
あとはもらい物を胃に収めて寝るだけだ。
「なら、一緒にいて?」
「え?」
驚く俺の手を、男が握った。
「寒いの、温めて」
冷たい指先。ぬくもりが誰よりも必要な人。
誰かのかわりかもしれなくても、暖めてられるのなら。
「…いいですよ」
気付いたらうなづいていた。

部屋に連れて帰って自分だけのときは碌に動かさない暖房をガンガンに効かせて、それから風呂にも押し込んでやった。それなのにあっという間に出てきたから押し戻して、俺も一緒に入って、いい年した男のくせになぜかくっ付いてくるのをなだめながら冷たい手が温まるまで側にいた。
あんまり寒い寒いというから、結局布団にも一緒に収まっている。
「イルカせんせ。ありがと」
「いいえ。…暖かいですか?」
「うん…ねむれそ…」
そういうと、しがみ付いたままの男は目蓋を下ろし、ことんと頭を俺に預けた。
どうやら本格的に眠りに落ちてしまったらしい。
当然のように寝床の半分を占領されて、本来なら迷惑のはずなのに、ぬくもりが心地良くてホッとする。
よほど自分は寂しかったんだろうか。
首筋に当たる髪がくすぐったいと思いながら、自分も少し眠ろうと瞳を閉じた。
*****
朝まで、夢も見ずに眠って、目覚めると男はまだ俺の寝床にいた。
どうりで温かいわけだ。あれほど冷え切っていた体も温まっているようだ。
起こすべきだろうか?クリスマスに働いた分、俺は休みだし、男も恐らく任務明けの休みが与えられているはずなのだが。
一瞬の逡巡を、男のくすくす笑いが打ち破った。
「イルカせんせ。面白い顔してるね?」
「…生まれつきですよ。悪かったですね」
この男の整った顔と比べれば確かに俺の顔は面白いと言われるかもしれない。
「…もうだめだよ。イルカせんせ」
「なにがですか?」
傍若無人な態度をとっても許されるのは、男が上忍だからじゃなく、きっと傲慢で美しいからだろう。
文句を言うよりも仕方がないと思わされてしまうのが不思議だ。
「イルカ先生は、もう俺がいないといきていけないよ?」
「なに、言って…!」
笑いながら、男が確信を持った声で囁く。
「ずぅーっとねらってたの。あんな顔してるから、もう我慢しないでいいやって」
「だから、何を言ってるんだ!」
怒鳴り声に、男がまるで迷いなど見せずに笑って言った。
「イルカ先生はこれから俺のためだけに生きてねっていう話。嬉しいでしょ?」
頭が真っ白になった。めちゃくちゃな物言いをする男に腹が立つはずなのに、その言葉に確かに歓喜の声を上げる俺がいるのだ。
「いや、だ…そんなの…!」
否定のことばが空虚に響く。
この言葉が真実であってはならないのに。
「俺のぬくもりでダメになって?ずーっと俺の側にいてね?…俺のために」
酷く利己的な言葉を吐いて、男が優しく微笑んだ。
眩暈がするほどの幸福感で震える俺を抱きしめながら。
そうだ。俺はこの言葉が欲しかったんだ。
誰よりもアナタが好きだと吹き込む男の腕の中で、俺は本当に欲しいモノを手に入れてしまったことを知った。
温かく恐ろしい男に、逃れられない闇に捕まってしまったのだと。


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適当ー!
NOVEL部屋の方はすでにあっぷずみであります!くりすますー!めりー!いぶ?
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