「あなたを飲み干してしまいたい」 得体の知れない熱を孕んだ瞳が射る様に俺に向けられている。 これは、人ではない。 里を切っての上忍で、手配帖に載るのは顔や形も曖昧な覆面に隠されたものだが、間近で見たからぞっとするほどその下が整っていることを知っている。 その状況を望んだわけじゃなかったが。 「飲みもんじゃないですよ。俺は」 ましてや食い物でもなければ女でもない。 組み敷かれて喘されはしても、それを望んだことなど一度としてなかった。 …ただ、少しだけ好意を持っていただけ。 弟のように思っていた教え子を慈しんでくれたことに感謝し、色眼鏡じゃなくただの子どもとしてみてくれたことを喜んで、多分尊敬もしていた。 それがすべて覆されるなんて知らずに。 「丸呑みしたら全部俺のものになるのかなぁ」 相変わらず人の話を聞く気はないらしい。 素肌に触れる湿ったシーツの感触が不快だが、圧し掛かる体温には自分でも不安になるほどざわつく。 快感の予感というヤツは厄介だ。痛みには慣れきったはずの体が、それには簡単に理性を明け渡す。一方的で暴力的ですらあるというのに、それに溺れることを許してしまう。 「なりませんね。多分」 切って捨てたような物言いは、最初の方こそそれこそ処分覚悟で口にしていたが、今となっては睦言染みたものになりはて、ささやかな抵抗にすらなっていないのかもしれない。 相手には届かない大して意味のない言葉という意味では、どこまでも無意味で、言葉遊びに等しい。 「抱いたら俺のもんになると思ったのになぁ?つれないね」 吐息が耳元を擽る。 誘っている?いや違うな。遊んでいるだけだ。 どう反応しようと、どれだけ騒ごうが暴れようが、この男にとってはその全てをねじ伏せることなど造作もない。 獲物の反応を楽しむ余裕はあっても、追い詰められた獲物の苦痛や戸惑いなど気にも留めない。 どこまでも狩る側にあるこのイキモノには、俺の怒りなど理解する気もないだろう。 「飲み干して、どうします?」 比喩表現だと信じたいが、切り刻めばできなくはないだろう。 俺たちは忍だ。一般人が目を背け、耳を塞ぐような行為にもさほど抵抗はない。 まあこの男に食人嗜好があるとは思わないな。 血と肉を撒き散らしながら己に降りかかるそれを浴びずにいられるほどに腕の立つ男だ。 鬱陶しげにそれを振り払うことはあっても、わざわざ身の内に取り込みたいと望むことはないだろう。 どんな毒や虫が仕込まれているかもわからないのに。…と、これもまた忍の思考か。 どうかしてる。この男の戯言に付き合うなんて。 強引に組み敷いたくせに、こうして戯れに口説き文句染みた言葉を口にする男に、誠実さなんてものを期待するのも馬鹿らしい。 「飲み込んだら、そうねぇ?全部俺の中に溶けてしまえば、誰にも盗られたりしないでしょ?」 うっとりと目を細め、胸元に齧りつく。 痛みは一瞬だ。戯れにしては深いそれは皮膚を食い破り、血を滲ませている。 「さて、ね?…もういいでしょう」 今日のところは終わりにしてもらわなくてはならない。明日も受付とアカデミーで勤務で、この男にだって任務がある。 「つれないねぇ?」 くふくふと笑う男の手に弄ばれているのは、乱暴に解かれたままの髪が引っかかっている。 雑に扱っている割には絡むことの少ないまっすぐな髪が縺れる原因に思い当たって、ため息をついた。 白く固まったそれがどちらのものかなんてわかりはしない。無為に吐き出された排泄物だということがはっきりしているだけだ。 子を成すでもなくただお互いの快楽のためだけに浪費されたそれを、惜しむべきなんだろうか。俺は。 「上忍様はさっさと家に帰りなさい。明日も忙しいんですよ」 言っても無駄と知りつつ幾度も繰り返した言葉を吐き捨てたのは、この行為を受け入れているわけではないという意地でもあるし、死に掛かった理性の最後の抵抗でもある。 この手に甘えてしまえたら、それはきっととてつもなく楽だろう。 言葉通り望めば大抵のことは叶うに違いない。財力も人脈もある。それから里への影響力を考えれば、中忍一人閉じ込めるくらいは訳もない。 三代目の頃ならまだしも、今の五代目にとっては俺はただの中忍の一人で、そうたいして重要視されていない。 あの子も、俺が死んだと言われれば嘆くだろうが、もうそれを受け入れられないほどの子どもじゃないしな。 ただ、何も考えずに飼われることをよしとする気は毛頭ない。 「やーですよ。だってほら、まだこんなだし、薄情モノの恋人が、俺のこと忘れちゃったら困るしね?」 そそり立つ性器は性懲りもなくといいたくなるほどだ。 本人曰く、イルカ先生以外に勃たない一途なヤツ…なんだそうだが、迷惑な話だ。 「もういやです」 「んー?じゃ、あと一回に…なればいいね?」 人の話をどこまでも聞かない男だ。 まさぐられてその気になり始めた体を持て余しながら、男の耳にかじりついてやった。 …本当は食らい尽くしてやりたいのは俺の方だと知ったら、男は笑うだろうか。それとも歓喜の声でもあげるだろうか。 里にとってこの不毛な関係は歓迎されないだろう。いずれ奪われるくらいならいっそ。 「いっそあんたを食ってやりたい」 「それもいいかもね?」 くすくすと笑いながら男が歯を立てる。 こうしてお互い食い尽くしてゼロになれたら。…なんて幸福な最後だろう。 決して誰も望まない結末を夢見ながら、穿ちこまれる熱を受け入れた。 こうして交じり合ううちにいつか溶けあってしまえばいいのにと思いながら。 ******************************************************************************** 適当。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |