その切っ掛けは(適当)

頬張っているのは肉まんだろうか。
おいしそうにニコニコしながら大きく口を開けてかぶりついている。
食べたいなー。なんであんなにおいしそうなんだろう。
普通の中忍で、ちょっと、いや大分熱血漢っていうか猪突猛進の人で、忍の癖に情にもろくてちょっと食い意地が張ってる。
そんなところがたまらなくそそる。
でもねぇ。あの人男なんだよ。
「へへっ!やっぱり冬は肉まんだよな!」
これって時間的に多分夜食?ジャンクフードばっかり食べてちゃ具合悪くするよね。
兵糧丸ばっかりの俺がいうことじゃないけど。
どうしようって思うばっかりでいつもはそのまま通り過ぎるのを見送っていた。
それは多分偶然だった。
三口くらいで一個目のにくまんを食べ終わったイルカ先生が、もう一個の肉まんらしきものを取り出した途端、こけた。
それはもう見事につるっと。
「なにやってんですか!」
あ、ヤバイ。なにやってんのって、むしろ俺がなにやってんの!?
とっさ抱きしめた体は確かに男のもので、ほのかに美味そうな匂いが漂っているのは、どうやら口に咥えられたままのまんじゅうのせいらしい。
ピザまんだったのね。まあそれはいいんだけどどうでも。
「ふが!?んぐ!…カ、カカシ!?すみません!」
こっちの方が問題だよねぇ?
見ても触れてもどっからどうみても男だ。女らしいさや、やわらかさを感じさせるところなど一つもない。むしろがっしりしている。
それに欲情するってことは、もう誤魔化しようもない。
「イルカせんせ。それおいしい?」
「へ?ああ、はい!ここのはうっまいんですよ!おばちゃんが手作りしてて!」
ピザまん片手に瞳をキラキラさせて熱く語る姿にちょっとした悪戯心が疼いた。
いいよね?ちょっとだけなら。…なにもくっちゃうわけじゃないんだし。ま、ある意味くっちゃうんだけど。
「じゃ、味見」
一口だけ。それもこの人みたいに大口あけたりはしなかった。
あったかくてふわふわの生地に、チーズたっぷりの具が良く合っていて確かに美味い。
そのおいしさの大半は、この人の食べかけだからってことには目を瞑った。
不毛な恋情におぼれられるほど馬鹿にはなれない。
…だからって忘れるなんてことができるほど器用じゃないんだけどね。
なんでもないフリは得意だ。
普段どおりに振舞えば少なくともこの人には気づかれないだろう。
狂いそうなほどアンタが欲しいだなんて、告げるつもりは最初からない。
かなわぬ恋に身を焦がすより、遠くから思っているだけの方がまだマシだ。
これ以上失う恐怖に晒されたくはない。
…第一、この人は男だ。
俺と違って幸せな家庭なんてものを簡単につくってしまえそうな。
「ごちそうさま」
一口分の思い出は十分に味わった。
一瞬で諦めることを決めた恋はまだ苦く胸に蟠っているにしても、いずれはそれも薄れていくだろう。
幸せな家庭を築くこの人を遠くから見ているだけならきっと。きっと耐えられるはずだから。
そのまま逃げるように背を向けた。
「あの!まだあんまんとチョコまんも余ってるんです!どうせだから俺の家あがってきませんか!味見したくて買いすぎちまって…」
はいうそー。アンタ大食いでしょうが。それっぽっち簡単に食べちゃうくせに。
…でも、嬉しかった。もう少しだけ思い出を欲しがることを許されている気がして。
「いいの?ここのおいしいですよね?」
「へへ!そうなんです!美味いんです!行きましょう!」
引っ張られるというか、半分引き摺られている。
お礼のつもりなのかもしれない。こっちとしてはありがたいから何も言わないけど。
「たなぼたってやつ?」
「え?なんですか?」
「いーえ。なんでも」
一口分の幸せはどうやらもう少し長引いてくれるらしい。
ちょっとだけ。あともうちょっとだけこうしてすごさせて貰おう。
ふわふわと美味そうな匂いを漂よわせる肉まんたちに感謝しながら。


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適当。
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