逃走疾走恋愛劇(適当)


告白できたら、全速力で逃げようと思っていた。
そんなことをするくらいならやめればいいのにと自分でも思ってはいた。
だが諦めるには募る思いは激しすぎて、この恋が叶うと信じられるほどもう青くない。
まさか男に惚れるとは思っても見なかった。それも階級も上で、元暗部で、しかもすこぶるつきの美形に。
好きだなんて告げたらその瞬間に俺の人生は文字通り終わるかもしれない。
戦場じゃ男相手なんて珍しくもないし、あれだけの容姿だ。言い寄る輩どころか、思い余って実力行使に出た連中までいたらしい。
あの人は、そのすべてを一撃で再起不能にしたと聞いた。
酒の席でさらりと「男なんてありえないでしょ?だからちょっと、ね?…ま、つぶしちゃったかも知れませんねぇ?」と笑われたときには、下半身が恐ろしい速さで縮こまり、勝手に冷や汗が噴出したが、当の本人はいたって普通の笑い話のつもりだったらしい。
それだけ日常的なことだったか、それとも笑い話にできるほどにどうでもいい話だったのか。
さらっとそんなことを話せる関係になれたことは嬉しかったが、大きな釘を刺されたようにも感じて。
…どうせなら、いっそ楽になりたいと思ってしまったんだ。
あの人のことが好きだと気づいたのは素顔を知るずっと前のことで、顔がいいから好きなわけでもない。
あの人を無理やりどうこうしようなんて考えてもいないが、あの人にとってはこれまで撃退してきた連中と同じにしかみえないだろう。
だからこそ、告白したら返事を待つ前に逃げてしまおうと思ったんだ。
答えは聞く前からわかりきっている。それがわかっていてもはっきり返事をもらってしまえばきっと俺は耐え切れない。
膨らみ続ける思いに終止符を打ちたいっていう後ろ向きな事情もある。叶わないのならいっそこの恋を終わらせたい。
そう思うほどに募る思いは俺を苦しめた。
幸いなことにいつだって任務は舞い込む。あの人が里にいて、しかも俺が明日の早朝から任務に発つことが決まったら、もうその方法しか考え付かなかった。
卑怯と知りながら、会わないで済むなら告白のためにわざわざ探しなんてしなかっただろうが、あの人はいつものように酒にでも誘いに来てくれた。それが嬉しくて悲しい。これで全部おしまいだ。
「カカシさん。好きです」
そう告げて、すぐに後ろも見ずに駆け出した。
顔なんてみられなかった。嫌悪感のこもった瞳で見られでもしたら、それだけで俺は苦しさでしねる。
逃げて、そうしたらさすがにそれを追うほどあの人は暇じゃないはずだ。
里内で全力疾走する忍なんて不審なことこの上ないから、多少噂されるかもしれないが、数多とあるあの人の噂にあっという間に埋もれて終わりだろう。
全速力で走って、家の扉を開けて中に飛び込んで、そのときになって初めて自分が泣いていることに気がついた。
玄関にうずくまり、ひざを抱えて嗚咽をこらえた。終わってしまった。見るだけで幸せな気分になって、自分だけを見て欲しいと思う独占欲に苦しむ日も今日で最後。
「明日の、準備しなくちゃ…」
諦めると決めたのに痛み続ける胸が疎ましい。ああいっそ、このまま記憶でも消えてしまえばいいのに。
「なんで、泣いてるの?」
ふいに掛けられた声に、叫びだすところだった。
…逃げ出してきたはずの人がすぐそこに立っていた。
なんでいるんだ。ここに。
「そんな顔しないで。どうして逃げるの?好きって…一体どういうこと?」
もしかしてつぶされちゃうんだろうか。まあそれでもいいか。それで側にいてくれるならなんだってしてくれていいと思う位には、この人のことが好きなんだ。
そんな夢は叶うわけがないけれど。
「あなたが、あの子たちを見る瞳が優しくて。でも時々ふっと寂しそうにしてるし、思わず酒飲みませんかなんて言っちゃったら、ほこほこ着いてくるし、わがままだけどやっぱり優しいし…」
「うん」
「…それに、すっごく幸せそうに笑うし、飯食ってるだけなのに。一緒にいるだけで幸せで、ああずっとこうしてたいなぁって思ったけど、あんたもてるし、そしたら一緒にいると苦しくなったんです」
「…うん」
「すきになってごめんなさい」
そういえば、これを言い忘れたな。本当はもっとちゃんと告げて、殴られてもけられてもいいから返事を貰えばよかっただろうか。
でも俺は、結果は一緒だというのに、はっきりと自分の恋が終わる恐怖に耐えられないから。
ぐずぐずと鼻をすすって、とりあえずここは家の中だから、何をされてもこの人の罪にはしないで済みそうだってことに安堵した。
だって全部俺が悪い。勝手に好きになって勝手に苦しんで、この人にとっては迷惑すぎる話なのだから、これ以上迷惑を掛けたくない。
「じゃ、さ、本気なのね?」
「はい」
うそはつけない。それにもうこうなれば答えを聞きたい。ひょっとすると命ごと失ってしまうかもしれなくても。
「…イルカ先生って、童貞?」
「へ!?え、いや、女性とは普通に」
「男は?」
「…ないです…」
そもそもその気になったことすらないのだ。この人のほかは。
「うーん?痛いの平気?」
「へ、いきではないですが…その、俺のせいなんだし、好きにしてください」
問答無用で制裁って訳ではなさそうだが、自業自得だ。何をされても仕方ない。
「じゃ、好きにするね?」
「へ?え?わぁ!?あ、あの!?」
おもちゃみたいに軽々と持ち上げられて狼狽えたが、迷いなく家の中まで進んでいく男はそんなことは気にしていないようだ。
「ベッド汚しちゃうけど後で洗うから。あと痛くしないようにがんばるけど、ある程度は覚悟しといてね?」
「うわっ…え!?な、なにをですか!?」
どさりとおろされた先は、確かに俺の万年床だが、覚悟といわれてもぴんとこない。
「あーあ。我慢してたのに。…イルカ先生って性欲とかなさそうだよね。今もわかってないでしょ?多分」
「せいよく…?性欲!?」
「そ。でもまあいっか。好きにしてなんて殺し文句無視できるほど枯れてないんだよね?」
「え?え?え!?」
サンダルを床に放り投げられて、汚れるってこのことかとは思っていたが、服をどんどん脱がせるのはやめて欲しい。確かになにがなんだかさっぱりだ。
「うーん。やっぱり胸もないし付いてるし」
まじまじと見られたら身の置き所がなくて、でも肝心の部分を隠そうとしても、のしかかる男がそれを許さない。
「ついてますよそりゃ…男なんですから」
陣割とにじむ涙をぬぐうにも、この状態ではどうしようもできない。
「そうね。ま、でもそれでも好きだし」
「は?」
信じられない台詞を聞いた。この人は、今なんていったんだ?
「あーあ。やっぱり気づいてなかったのね…。いいけど。わかってないみたいだけど説明するよりこっちのが早いから、文句は明日の朝聞くね」
…もしかすると声でなくなるまでしちゃうかもしれないけど。
そういって俺にのしかかる男は酷く残酷な笑みを浮かべたのだった。
*****
それはもう散々に喘がされた。足腰どころか指先から頭のてっぺんまでとろとろになるまでぐずぐずに蕩かされて、文句を言おうにも思考ってものがもどってこない。
「いーい?これからは絶対俺以外と飲みにいっちゃだめ。それから俺以外に笑うなって言うのは無理でも、余計な虫は疑いだけでも全力で排除するから気をつけてね?」
「ぇ…?」
「喉痛いんでしょ?かわいい顔しちゃだめ。もっとしてもいいなら別だけど」
その申し出は丁重にお断りしたい。明日も身動きできないんじゃないかってくらいがたがたの体は、もうとっくに悲鳴を上げている。
ゆるゆると首を横にふると、男が満足げに笑った。
「かわい」
…そういう問題だろうか。それから体をまさぐる手が随分と俺を不安にさせるのだが。
そして今更ながら、この状況。
「にん、む…!」
「あ、それ?大丈夫。手配しといたから。…昨日、狙ってたのは俺もなんだよねぇ?」
「へ…?」
「だって、あんたどっからどうみても男だし、好きだなんてありえないと思ったけど、受付で知らない奴といちゃついてんのみたらむかつくし、でも俺見てすっごく嬉しそうに笑うくせに泣きそうな顔もするんだもん」
「いちゃつく…?」
そんなことをした覚えはないんだが。どういうことだ?
「おととい。受付で」
「あ、アイツは」
ただの仲間だ。酒を飲んで騒ぐのが好きなだけの。久々にあったからテンションが高かったのは認めるけど。
「昔の仲間だかなんだかしらないけど、誰にも渡したくないんだもん。そしたら、俺のモノにするしかないでしょ?」
だからごめんね?
そういってちっとも悪いなんて思ってない顔で笑った男を、どうやら俺は諦めなくても済むらしい。
「…とりあえず、次からは手加減してください」
「いいけど、あんたもう一生俺のなんだから、余所見したら殺すから」
物騒なことこの上ない台詞が、熱烈な愛の告白に聞こえる。こんな台詞を吐ける男もおかしいが、俺の頭も十分おかしい。
「好きでいてもいいですか?」
「当然でしょ?あんたずっと俺のだし」
浮気はしないし許さない主義だからと殺気立つ男にぎゅうぎゅう抱きしめられて、痛みと嬉しさに少しだけ泣いた。
とんでもない恋の始まりもあったもんだと思いながら。


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適当。
無駄に長いのは花粉のせいです。
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