「あの日、どうしてあそこにいたの?」 聞かれたくなかった。そんなこと。 相手は世間話のつもりだろうに、なんでもないフリをする自信もない。 理由を言えば八割方面倒なことになることは予想できていたから、当たり障りのない理由で誤魔化すことにした。 「生徒が怪我をして、様子を見に行ったんですよ」 実際この手のことは良くある。 忍のたまごじゃなくても、子どもは怪我をするものだ。 それが更に忍術なんてものを扱うんだから、それなりに怪我もすれば危険な目に遭うこともある。 アカデミー教師がそれに付き添っていくことも、見舞いにいくことも、そう不自然な話じゃない。 …ただ、この人はとても聡いから、なにかしらの嘘の気配には気付かれてしまうかもしれない。 背に伝う汗の一滴すら見抜きそうな人だから。 「ふぅん」 なんてことない相槌だ。 気にしすぎだと思いたかった。 たとえ肩に触れてくる手が一瞬痛みを感じるほど強くそこを掴んでも。 …その強すぎる視線に気付かない鈍い中忍のフリを続けさせてはくれなかったけれど。 「…痛いですよ。なんですか」 駄々をこねるこの人にはいつも困らされている。 何かとちょっかいをかけてくる輩の多さに上層部も神経を尖らせているんだろうが、護衛をつけるなど余計なお世話だ。 なぜこの人を選んだのか。 こんな、人のフリをしたケダモノを。 「駄目でしょ?」 ジワリと汗が滲む。 視界が傾き、背に衝撃が走った。 日に焼けた畳に叩きつけられたくらいで騒ぐほどヤワじゃないが、完全にマウントを取られてしまった。 逃げられない。…予想はしていても緊張で体が強張った。 「止めろ」 拒絶に興奮するタチじゃないはずだが、逆らった所で気にも留めない人でもある。 それだけ実力差があるということだ。真正面から遣り合って勝てる訳がない。 「ダメ、逃がさない」 抗う腕はあっさり床に縫いとめられ、項に顔を埋めて鼻を鳴らす男を押し返すことすらできやしない。 この男はケダモノだ。獲物を捕らえることになんの抵抗もないだろう。 獲物の意思も痛みも、理解しろと言う方が無理がある。 自分がこの男にとって上等な獲物であるらしいことを喜ぶべきか悲しむべきか。 無表情に唇をむさぼり、喘ぐ自分を見下ろしているケダモノにはどっちにしろどうでもいいことだろう。 …ただ本能のままに狩るだけなのだから。 「…逃げませんよ。今更」 男はこうして自分を好きにするくせに、自分以外のモノにこの体を傷つけられることを酷く嫌う。 子どもの悪戯程度なら押さえ込めるようになったが、今回のはダメだ。だから隠したかったのに。 良くある憂さ晴らしの対象になったというだけで、もうケリはついている。相手が上忍だっただけに無傷とは言えなかったが、里長は己の統べる者どもの暴挙を許すほど甘くはない。 任務に発つ前に目撃されてしまったのは確実に自分の失態だ。 目敏い男に気付かれないように、もう少し気を配るべきだったのに。 挽回できる手段があるとすれば、馬鹿馬鹿しいことにこの硬い体で篭絡することだけだ。 制裁を受けた連中が命まで奪われないように、気を反らすことしかできない。それも相当に分が悪い。 「なに、これ」 血の匂いは札で封じても、傷はまだ癒えていない。 もう少し、誤魔化しきれる程度に治るまではと里長が任務を与えたと言うのに、出掛けにある程度感づかれていたのだろう。 優秀すぎるほど優秀な男だが、普段以上に凄まじい戦いぶりだったと聞いている。 「…するんですか?しないんですか?」 男に足を開くことに抵抗がないとでも思っているんだろうか。 ここで事情を説明した所で苛立ちの種が増えるだろうに。 …まあきっと考えもしてないだけなんだろうけどな。羞恥心なんてものを。 切り裂かれた服の補充は、里長に依頼しよう。こんな男を俺の護衛に選んだらしいことを詰りついでに。 「ま、いいや」 まずは体に聞くから。 そう言って覆いかぶさってきた男に、これから何をされるかは考えたくもない。 だがどうせいまだ痛みを残したままの体に走る痛み以外のものに一杯にされて、すぐに思考すらままならなくなるだろう。 ため息をついたのは、興奮を逃がそうとした男か、それとも諦念に浸りきれない自分か。 上がるばかりの熱に溺れて、早くなにもかもわからなくなってしまえばいいのに。 いらだった様子で執拗に傷跡をたどる指に、せめて噛み付いてやれたらいいのに思った。 ********************************************************************************* 適当。 逃がさないネタその1。 ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |