布団の中から手だけが突き出ていて、ゆらゆらと揺れたかと思ったら何かを探すようにうろついたあと、そこにすでになにもないことを悟ったのか、今度は手招きしだした。 その手に乗ってたまるかと思うのに、しばらく無視してみても止まらないそれに流石にかわいそうになってきたと言うかだな。 「…起きなさい。もう朝ですよ」 たしなめるようにやさしく声をかけてやったのに、ぶすくれた声がそれに応えた。 「やーです。いちゃいちゃします」 何だその宣言。アンタいくつになったと思ってんだ。 しかもいつもの覆面のせいなのか、半分だけ布団に顔をうずめて上目遣いにじとーっとみられるとだな。 寝起きでとろんっとしてるのもあいまって色っぽい…いやその! 「…いいから。まずは飯です。飯!」 「ごはんの後だったらいいの?」 「…いいから食え」 ああくそ。何で朝っぱらから爛れた空気垂れ流してんだこの人は。 十九二十歳の若造ならいざ知らず、火影も引退してもうそろそろおっさんとか爺さん扱いされてもいい年だっていうのに。 「え?いいの?」 「うお!どこ触ってんですか!」 「お尻」 妙に真剣な顔で言われると二の句が告げない。その執念深さに呆れたらいいのか、それともまだ寝ぼけてるんだと流していいのか…。 相変わらず俺の返事を曲解する。むしろ悪化している気すらするな。 とりあえず触るだけじゃすまなくなってきたその手を掴んで払いのけた。 「…尻を揉むな。今何時だと思ってるんですか」 「イルカ先生タイム?充実してますよー」 振り払ったのと反対の手で今度は尻を鷲掴まれた。 何なんだアンタは…!昨夜もっつーか朝日が昇るまで好き勝手したくせに、いい加減枯れろ。 若い頃のように力任せで強引にむちゃくちゃにされることはなくなったが、その分しつこさが増した気がする。 抜かないで人の中に居座ったまま触ってきて、合間合間に名前と共にかわいいだの締まりがいいだのろくでもない台詞を吹き込まれ続ける方の身にもなって欲しい。 寝たいんだよ。俺は。平穏に。…それがまた気持ちいいってのが頭にくる。 こういう欲は落ち着いてくるもんだと思ったのに、煽られると流されてしまう体が恨めしい。 修行を怠ったことはない。肉体的にも身体的にも。 その結果がこの容易い体だなんて、屈辱的すぎるじゃないか。 「飯、食え…!」 「はーい。デザートはイルカ先生がいいです」 「アンタなぁ?もうちょっとちゃんとご意見番の自覚を持って…!」 「イルカ先生がメインディッシュのがいいですか?」 そのギラついた視線に気づいてしまったから、とりあえず黙っておくことにした。 ああもう。手の掛かる男だ。 少しばかり外遊で留守にしてみればこの態度。いくつになったと思ってんだ。 寂しいなら寂しいと言えばいいのに、文句を言う代わりに体ばかり欲しがる。 おかげで昔はそれだけなんじゃないかとか、いつ捨てられてもいい覚悟を決めようとか、そんな俺らしくない後ろ向きなことばかり考えてた時期もあるが、この男の聞かん坊ぶりがすさまじすぎて、どこかで納得したというか。 俺がいないと駄目なんだよな。この人。そんな陳腐な台詞を吐く日が来るなんて思いもしなかったけど。 「飯です。それからアンタも風呂入って、それから買い物と洗濯」 「えー?もっとイルカ先生くださいよ」 本気で言ってるのが分かるだけに、どうにも弱い。俺は弱くなってばっかりだなぁ。特にこの人には。 「シーツ、洗濯し立ての方が寝心地がいいでしょう?」 そう言ってやったら、どうやらさっさと片付けようとしていたらしい朝食の卵焼きがぽろりと皿の上に転がった。 へへ!参ったか!…なんつーか。この人は未だに俺だって男だってことを忘れてるんじゃないだろうか。 そのことで悩む時期も疾うに過ぎ、今となっては愛らしさの象徴でもある。かわいいって言うと喜ぶようになったしな。この人も。 「…あーどうしよう。明日出勤とりやめようかなー」 「なに言ってんですか。ちゃんとお仕事してきてくださいよ」 「ねー。いいじゃない。一緒に働いてよ?アカデミーの顧問より俺とのオフィスラブー!」 「いいから黙って飯を食え」 「…元火影特権、舐めると酷いですよ?」 かわいい恋人のわがままでも聞いてやれないこともある。…が、正直ナルトからも再三の要請があって、揺らいでるんだよな。この拗ねた顔が見られなくなるのももったいないが。 「はいはい。買い物行くまでになに食うか決めましょうね」 「精の付くもの作りますね?」 「…すっぽん責めは止めてくださいよ?」 「えー?」 …懲りた様子はまるでなさそうだ。またニヤニヤしてるから悪巧みしてるなこりゃ。油断しないようにしないと。 口をぱかっと開けて塩焼きのさんまをねだる男にほぐした身を食わせてやりながら、今日も一日が平和であることを祈っておいた。 ******************************************************************************** 適当。 周りからはもはや名物扱い。 |