いつからだろう。ソレが鏡に写りこむようになったのは。 朝目覚めてすぐ顔を洗うと、顔を上げた瞬間、一瞬だけ鏡に白い影が走るのだ。 最初は見間違えだと思った。寝ぼけて水が散ったのを大袈裟に考えただけなんだと。 思わず身構え、クナイを構えた自分を笑いさえした。 そしてそれから暫くは確かにその影を見ることがなかったから、一層自分の勘違いだと信じようとしていたのだ。 …再び、今度は白い影の姿をしっかりと見てしまうまでは。 人だ。それも何も身に付けていない。顔までしっかり見てしまっては、いくらなんでも気のせいだと流せるわけがない。 一瞬で消えたソレが、人ならざる物である可能性など考えたくもなかった。 敵忍が潜り込むにしては、己の立場は微妙すぎる。機密にさほど精通しているわけでもない。 なんらかの嫌疑をかけられて内偵されているにしろ、いつ戦闘になるかわからない状態で、服を一切身に付けていないなどあり得ない話だ。 ソレがなんなのか、考えることも恐ろしかった。 誰に信じてもらえるとも思えない。精々寝ぼけたか、それとも心を病んだとでも思われる位だろう。 何の実害のないものを、恐いからという理由だけで誰かの手を煩わせるのも気が引けた。もう手の打ちようがなかった。 実際ソレは無害で、何が切っ掛けかその頻度こそ上がったが、一瞬背後に現れるだけだ。 諦めて放くしかなかった。 だが嫌にはっきりとその姿を見てしまった日、夜中に重くのしかかるものがあった。 まさかと思うと目を開くことすらできなかった。 偶然だと思い込みたかったが、それは何度も訪れた。 はただひたすら怯え、鏡を見るたびに顔色もどんどん悪くなる自分を、同僚たちは心配してくれ、なにより生徒たちがなにくれとなく寄り付いては不安そうな顔をするのが辛かった。 止めに、もう卒業した下忍たちにまで気遣われてしまう始末。 このままではいけない。 そう思ったその日…瞼に湿ったものがすべる感触まで感じて…あまりの気色の悪さに恐怖よりも怒りを感じ、とっさにそのやたらと重いものを振り払っていた。 ら、それはどこからどうみても普通の人間だった。 「すみませんすみません…!イルカ先生見てたら何だか興奮しちゃって…!」 「うるせー!勝手に人に家に上がり込んだ挙げ句なにしてやがる!」 それも全裸だ。しかも…下半身までしっかりご開帳してやがる! 「ごめんなさい…!ついふらふらついてちゃって、家に入っちゃってからいつも慌てるんですけど、つい癖で天井裏に…!」 「なんだそりゃあ!?」 言い訳がおかしすぎる。いやこの格好も行動も全てがおかしいんだが。 「具合悪そうで心配で、俺のせいかもって思うのに止められなくて…」 …つまり、この男は病気だと言うことだろうか。 要するに、頭の。 「あんたの頭がおかしいってことはよくわかった。で、あんただれだ」 「あ、申し遅れました。はたけカカシです」 「え?…いやいや」 そういえば銀髪だ。それに片目が赤い。 だがしかしその名は送り出したばかりの下忍たちの尊敬する師のものであるはずだ。 間違ってもぜんらでふらふらするような変態の…だがそういえば外見的には…覆面を引っぺがせばこんな顔をしていてもおかしくはない。 「す、好きです!好きすぎておかしくなっちゃいそうな位に…!お願いです…!俺のこと好きになって…」 …もうすでにおかしくなってると思うんだが。 そういってさめざめと泣く男を放っても置けず、風呂場に放り込んでホコリを落とさせ、鏡にしっかり映る姿に納得し、ついでに所在なげにしているくせに俺を見ては頬を染める男に本気なのだと理解した。 なら、仕方がないだろう。 「お友達から考えます。天井裏じゃなくて、玄関からちゃんと入ってくるんなら」 こう言ったのは断っても同じ行動をとりそうだからなんだが。 「ほ、ほんとですか!やったあ!はい!ちゃんと玄関から入ります!今までも玄関からだったんですけど!」 …それに気づかなかったということは、やはり腕はいいのだろう。頭はアレだが。 木の芽時…まさか上忍の頭まで沸くとは思わなかった。 「しょうがねぇ」 まさかそう長くこの勘違いが続くわけじゃないだろう。しばらく付き合ってやる方が、精神的にも安心だ。 追い詰めたら、いきなり襲われる可能性の方が怖いもんな。 「イルカせんせといっしょにいられる…!」 舞い上がった男は、今にも踊りだしそうだ。 一本足りないようにしかみえない男と、まさか諦める所か一生かけて付き合う羽目になるなんて、そのときに分かっていたら…。 …いまだに背後に移りこむ男は、だがしかししきりに愛の言葉をささやいてくれるので、まあそれはそれだと思うことにしたのだった。 ********************************************************************************* 適当。 木の芽時。 ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |