あったかいふゆ(適当)

白い猫を抱えて疾走する俺の後を、気配すら隠さずにすさまじい速度で追ってきているのは、里の誇る上忍だ。
「まーちーなーさーいー!それ返しなさいよ!」
叫び声は普段のスカしてるとしか思えない態度と180度違っていたが、だからってソレを笑ってやる余裕はさすがになかった。
「ちかよんな!ついてくんな!」
ここは里内。さすがに武器を向けるのは躊躇われた。
だが…黙って従う気など欠片もなかった。
この腕に抱きしめたぬくもりを守るために。
「…ちっ!」
男の舌打ちを尻目に、俺が飛び込んだ崖の下にはこんな時でも美しくキラキラと輝く水面が待っている。
「ざまぁみやがれー!」
水面に届く前捨て台詞を投げつけて、慎重に練ったチャクラで俺の身体ごと大切な大切な俺の家族を包み込んだ。
このまま、どうあっても逃げ切る。…例えソレが里の意思に反していても。
*****
そいつがやってきたのは秋の終わりのことだった。
「にぁー」
宿直で留守にしていた間に澱んだ空気を入れ替えるために、僅かに開けていた窓からするりと入り込んだ生き物。
白くつやつやの毛並みに汚れは見当たらず、だが飼い猫にしては首輪すらつけていなかった。
「なんだ?おまえ?迷子か?」
なでてやるとごろごろと喉を鳴らし、ウットリと目を閉じて頭をこすり付けてくる。
普段は子どもたちの騒ぐ声で溢れているアカデミーだが、宿直室は当然無機質なまでに静かだ。
…ようするに、そこで寝泊りすると余計なことばっかり考えて、一人で勝手に寂しくなってたんだ。ちょこっとだけだけどな。
そこに現れた温かい生き物に、俺はうっかりほだされてしまった。
俺の住むアパートは狭くて程ほどに散らかっているが、幸いペットは禁止じゃない。
「なぁう」
思考をめぐらす間に、上がり込んだ猫の頭をなでる手が止まっていたらしい。
膝に手をかけて続きを促すその手…いや、前足っていうのか?これは。
とにかく、ぷにぷにした温かい感触はたまらなく心地良くて愛らしくて。
「もし飼われてたんでも、保護って必要だよな?」
なでられて嬉しそうに鳴く猫の声を、強引に同意と思い込むコトにしたんだ。
あの時は。
*****
いつか取り返しに来るであろう事は予想していたが、日に日に俺に懐き、またそのぬくもりに慣らされて、気付けばすっかりこいつナシの生活なんか考えられなくなっていた。
平和な我が家に闖入者が現れなければ。
「いた!」
「へ?」
膝の上で腹なんか出して寝てるのをなでていたら、丁度コイツが入ってきたときみたいに窓から勝手に入り込んできたのだ。
わずかにただよう静か過ぎる殺気。
…男の視線が向けられる先に、俺はついにこの日が来たのだと知った。
そうと知ってももうそんなことを受け入れられないってことも。
そうか、よりによってこの男の飼い猫だったか。…似てると思ってたけど。
「ちょっと、それ、返して!俺の…」
「いくぞ!カカシ!」
「にゃぁあ!」
男に全部言わせる前にかわいいかわいい俺の家族を抱き上げて、跳躍した。
当然追いすがる男はしつこかったが、負けられない。
「回収にきたの!返しなさいよ!」
「嫌だ!カカシは俺の猫だ!」
「ちょっと!?なにそれ!人聞き悪いこと言わないでよ!?俺はそっちじゃ…!」
男から距離を取るのに必死で何を言いたいのか良く分からなかったが、分が悪いことだけははっきりしている。
意外とすぐに見付かってしまった。
俺に付き合って湯にはつからないが風呂場にまで入ってくる猫は、大胆な逃走にも驚かないでくれたのに。
焦りに手の汗を拭うと、腕の中の何かもそもそと動いた。
「カカシ?」
それは、一瞬だった。
「あ…っ!?」
男の手が俺に延びる前にしなやかな体を躍らせた猫が、俺を追ってきた最悪の刺客であるはずの上忍の胸に溶けて消えたのだ。
「…ぅうわぁあああああああ」
綺麗さっぱり消えてしまった。
なんでそうなったのかとか、そんなコトまで頭は回ってくれない。
分かるのは俺の大事な大事な家族が…あっという間に消えてしまったってことだけだ。
「ちょっと!?あんた猫相手に…!っていうか、アレは俺の分身よ?泣かれても困るじゃない!」
ああ、そうか。たしかに毛並みは似ていると思ったんだ。
「俺の、カカシが…!」
だからこそ、この名前をつけた。
いつかあの人みたいに強くなって欲しいと願って。
「ああもう!泣かないでよ…!」
ボロボロと涙を零す俺の頭を何かがぎこちなくなでていく。
…それが、俺が家にいる時のかわいいふわふわのカカシがすりよってきてくれたことを思い出して、余計に涙が止まらない。
「…うぅー…!」
だって、もう今度こそずっと一緒にいられると思ったのに。
「ほら、みなさいよ。俺はここにいるでしょ?」
いきなりぎゅうっと抱きしめられて、別の意味で息が苦しい。
なんで俺が怒ってるかなんて知らないくせに。
「…あんた猫じゃないからどっか行っても探しにいけないじゃないか…!」
「そうね」
俺の八つ当たりに少しだけへにょりと眉を下げた男は、なぜははらないが猫の時とそっくりな素振りをしてみせる。
当たり前か、同じヒトなんだし。
鼻水をすすりながら、少しずつ歩く俺たちに周囲の視線はなかなか複雑な状態になったけれど、俺は悲しくて寂しくて、それ所じゃなかった。
結果的に失敗だった…のかもしれない。
俺がこれじゃ寂しくて寒くて眠れないと訴えると、男がなぜか俺の家に泊まって行ったのだ。
それも、それから毎日。
なんでも俺じゃなくてあんたが猫ですだかなんだか良く分からないことを言い出したんだが、そのぬくもりにうっかり慣らされてしまったあたり、タチが悪い。
上忍ってのはこんなとこまで慣れてるんだろうか?
だが、最近。
「んなぁ」
唐突に湧いてでた猫は燐光を放ち、男の胸から最後に残った尻尾をゆらゆらと揺らしながら、すりると抜け出した。
「カカシ!」
スリスリと俺に身を寄せる姿は正に男そっくりだ。
眠りに落ちるまで俺をあやしていた男から聞いた話では、のまされたのは新薬ってことだった。
気がついたら見知らぬ猫が増えていたんだと。
…素振りが似ているのはそのせいか。
まあ正直なんでもイイんだが。
で、結局どうなったかっていうと。
なでると喉をごろごろと喉を鳴らすのと、ずるいのなんのと喚く上忍がセットで俺の家にいついてくれたから。
…とりあえず、今年の冬は温かく過せそうだと思っている。


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さむいよさむいよ。
…という感じで出来たという話でした。またも。

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