幸福な罪(適当)

傷つけてしまった。
それなのにどうしようもなく嬉しいなんて。
「笑うか泣くか、はっきりしろ!」
突然連れていかれた先で、見合い相手に惚れた男がいますからと啖呵切って帰ってきてくれたこの人もこの人だと思うけど。
鼻の奥を伝う生温く鉄さびくさい液体は、殴りつけられた拍子に切ったからだろうか。
ぼろぼろ零れていく生温い液体に混じって、畳をうす赤く染めている。
突きつけられたハンカチは、この人らしい大雑把さで畳まれていて、折角俺が選んで着せたスーツに、まるでそぐわない。
「好き。だから、ごめんなさい」
溺れる人よりもきっとずっと必死に縋りついた。
…もう絶対に失えないから。
*******
別れろといわれて散々ごねた。
…お前がそういう態度なら、考えがあるなんていわれて、見合いを押し付けられた。
断って無視して…そうしたら、ある日こう言われた。
「ならば、アヤツの命はいらんのだな」
上忍でもないあの人は、里にとってさほど価値がない。
だから俺が…里の宝とやらの種を残す邪魔をするのなら殺すと。
ソレをやりかねない連中だと、嫌というほど知っていた。
父を追いつめ、その命を奪ってもなお飽き足らないのか。
なにもかもを、俺から奪い続けるつもりなのか。
…そう叫びたかった。
里長がこれを知らないだろう事も分かっていたし、俺もあの頃のように力のない子どもじゃない。どうにかできる手段はあるだろうことがわかっていた。
でも、あの人は、本当は俺なんかのために生きていい人じゃないんじゃないだろうか。
こんな風に、ずっと里の所有物でしかいられない俺なんかとは。
「…わかったな?…そうだな。まずはあの男には女をあてがおう。お前の事はそれから考える。…なに、女はいくらでも用意してやれる。あの男とちがってお前をほしがる女はいくらでもいるからな」
俺を、じゃなくて、俺の種を、だろう?
そう怒鳴りつける気にもならなかった。
…そうして、手渡された紙切れに書かれていた見合いの関に、俺はあの人を騙して放り込んだのだ。
きっと二度と帰ってこないと、分かっていて手を離した。
俺の様子がおかしいのにあの人はとっくに気付いていて、部屋に控えていた老人たちに引き渡したときも凄く怒らせてしまった。
部屋に帰って、あの人がもう二度とここにはもどらせてもらえないのだと、吐きそうになりながら身動きさえ出来ずに転がって、でももうすぐ見合いの時間だと思ったら、耐え切れなくて飛び出した。
「このお見合いはお断りします」
「ふざけるな!中忍風情が断れるとおもっておるのか!」
「ええ。俺はこの人のことを好きでもなんでもないですし、好きにもなれません」
「きさまぁ!」
「惚れた男がいますから」
では、失礼と、当然のように襖を開けて、ソコに立っていた俺の首根っこを引き摺ってそれからここまで連れ帰ってきてくれた。
二度と戻れないと思っていたのに。
「で、アンタは?俺のことあんなにあっさりあきらめてくれたわけですが…なんかいうことは?」
拳骨といっしょに振ってきた言葉歓喜して、それから絶望した。
何も上げられないのに、俺はこの人を絶対に二度と離さないと…離せないと確信したからだ。
「そんな顔するんなら、最初っからこんなことするな!」
そういってくれる人は、きっと本当に誰よりも俺を愛してくれている。
俺という、ただの馬鹿な男を。
「うん。ごめんね?」
抱き寄せた体が震えているのには、気付かないフリをした。
*****
それから、三代目にねじ込んで、うるさい爺さんの弱みも探り当てて、いまやすっかり俺とこの人の付き合いは公的に了承されたものとなっている。
「やればできるんだから最初からやれ!」
ってのは、三代目に自分から、「コレは俺のものなので」なんて宣言してくれた人の弁だ。
ふかいふかい溜息と、それから慈愛の瞳を向けられても尚、堂々と。
…あんまりたらたらしてたら、アンタを俺の嫁に貰うつもりでしたよとまで言ってくれた。
それもいいかもしれないなんて思いながら、俺は今日もこの人の元に帰る日々を送っている。
この人を俺に縛り付ける罪を選んだことに歓喜しながら。


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適当!
とりあえず…らぶらぶ!

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