平穏の対価(適当)




いつかは捨てられるんだろうなって思ってた。
要らないモノは捨てられるもんだし、この人にとっちゃ俺は降って湧いた災厄に近い存在だ。
欲しくて欲しくて、邪魔になるなにもかもを押しのけて押し切って手に入れた。
…手に入れられた人がそれを望んでいるかなんて考えもせずに。
だから、こうなることは分かってたんだよ。ただそれが切り刻まれていたときよりも辛いってだけで。
「これで、もうアンタ好き勝手できませんね」
「そ、ですね」
手も足もでない。文字通り、存在だけしていてももはや元通り動くかどうか怪しいこの体じゃ、この人を強引に組み敷くことなんて出来やしないだろう。
挙句に片目を失った。元々視力なんてあるかなしか程度ではあったが、忍具としては死体漁りの真似事までして欲しがる連中がいたあの赤い瞳は、他人の眼窩に納まったあと、ソイツごと死んだ。
それで平和が手に入るなら安いもんだ。
何人も何人も死んだ。未来を掴み取るために戦ってそして散っていった。平和と言うのは随分と値が高いのだと哂って、あっけなくその生を終え、積みあがっていく死体を背に戦った。
逝ってしまった仲間くらべれば、俺は少なくとも生きてはいる。生きる理由は…どうやら失ってしまいそうだけど。
どうせならこの人が今俺を殺してくれたらいいんだけど。
愛した人の手にかかるなら、それはなんて幸せな終わり方か。
生きる理由がなくなるのなら、この人にケリをつけて欲しかった。なーんて。最後までなんて我侭なんだろうね。俺は。
自決するにもこの手じゃどうにもならない。この足じゃ窓から飛び降りることもできないだろう。そもそも厳重な結界を施されたそれを破ることなどできないが。
「ふふ」
終わりなんて、あっけないものだ。
父さんが、先生が…それから結局もう一度逝ってしまった親友が、生きろといってくれたのに、どうしようもなく今死にたいと思っている。
「…そんなに、なにがおかしい?」
首筋にかかる手が冷たい。
緊張してるの?
…今更誰も困らないよ。俺が消えてもあの子がいる。
里は、世界は、もう。だからアンタが俺を消したってきっと誰も咎めない。
俺が懇願したとでも言えば尚更のこと。…ああ、一応そう言い張れるようにしとこうか。
「殺して?」
クナイなら一瞬だけど、縊死は苦しいかもしれない。ま、いいや。その分この人を長く感じられるし、この人がやってくれるならなんでも。
でも首に掛かった手はそのままに、愛しい人は。
「アンタの言うことなんて、もう二度と何ひとつ聞いてやるもんか!」
血反吐を吐くようなその台詞。それから涙。
もったいない。舐め取ってやることもできないのに。
「それは残念」
じゃ、好きになってとか、言えないね。
頭の中だけで呟いたつもりが、そこら中が壊れた体は勝手にそれを音にした。
そうして、男がにんまりと笑う。
「アンタの、言うことなんて、聞かない。…好きになんてなる必要ない」
うん。そうだね。それが復讐ならいくらでも受け止める。
口の中が苦いのはこみ上げる吐き気のせいか、それとも全身に走る痛みよりも酷いこの苦しさのせいだろうか。
「あーうん。そうね」
できたかもしれない。生きる理由が。
この人に憎まれるために。
そのためだけに生きるのなら、しょうがないよね。だって俺が悪いんだもん。
「アンタ、俺のモンです。アンタがどう足掻こうが泣こうが喚こうが知りません」
これは、いつかの俺の台詞。
そう告げて何もかもを奪って俺のモノにした。
「いいよ。アンタなら俺を好きにしていい」
生殺しか。生きろと言われた約束をたがえずに済む。それからそれを命じた人が俺に縛られてくれるのだと思えば安いものだ。
この人を好きなようにした時点で、その対価はもう貰っているから。
「アンタが何言おうがもう聞かねぇ。とりあえずその手足とっとと治せ。一発殴らせろ。それから」
「うん」
「…生きてて、よかった…!」
何で泣くのって聞けないほど驚いて、重なった唇に興奮して、ままならない手足に怒りを覚えて、俺よりちょっと重い体重がかかったせいで酷い痛みが走ったのを無視した。
…うん。アナタがそう言ってくれるなら、言ってくれたから、俺はそれだけでもう十分。
「イルカ、せんせ」
「うるせぇ。黙れ」
睨まれてもかわいいだけだなんて言ったら、その鬼瓦みたいになった顔はどう変わるんだろう。
「イルカせんせ」
「黙れって。治ったらイヤってほど俺の命令聞かせてやるからな!」
降ってきたキスは乱暴すぎてちょっと痛かったけど、そのまま逃げるように部屋から消えてしまった人を追いかけられない体がもどかしい。
「…なんでも、いいや」
好きじゃなくても、同情でも、気まぐれでも。
…今度こそ俺は間違えない。
「好き」
とりあえずはそれを告げるのが生きる目標その1かな。
次に会うときは笑ってくれているといい。
まずは、治らないなんていってないで、治さないとね。あの人は怪我人を殴るなんてできないだろうから。
その時の顔を想像しながら、ゆるゆると眠りに落ちていった。


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適当。
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