湯気の向こうに

急に冷え込んできたから、今晩はなべにしよう。
そう決め込んでサクサク買い物して、〆は迷ったあげくに中華麺にして、意気揚々と帰宅した。
ら、居間になんかいた。
それも態度もサイズも可愛いげのない物体が。
「遅かったじゃない」
今に長々と寝そべり、くぁあと大儀そうにあくびをするこの生き物をどうしてくれよう。
遅いもなにも何でひとんちに上がり込んだ挙げ句にそんなに偉そうにしてられるんだとこっちの方が聞きたい。
大体珍しく定時に上がれたんだ。ゆっくり気持ちよく買い物を楽しんで何が悪い!
「あら、鍋?一人でするつもりだったの?ふぅん?」
むっくりと起き上がったと思えば勝手に買い物袋に顔を突っ込み、中身を検分し、挙句このセリフだ。
不満げというかなんというか。
馬鹿にしているようにも、少し拗ねているようにも聞こえる。
薄給の中忍が美味いもん食べる、ちょっとした幸せを求めただけなのに。
食べたいもの食べて迷惑かけてるわけでなし、何で絡まれなきゃならないのか。
一人鍋でも寂しくなんかないぞ!
…多少の強がりは含んでいるけれども。
だってずっと一人だったんだ。そんなの今更だ。
失った家族の団欒を思い出しはしなかったかと言われれば、当然思い出したさ。
暖かかったのは鍋だけじゃなくて、あの時間だ。
…少しばかり感傷に浸る権利さえ与えられないのかこんちきしょう!
「野菜いっぱいなのはいいね。ラーメンが入ってるのは頂けないけど」
勝手に買い物袋の中身を取り出しては、勝手な感想までつけてくる男が、苛立たしくてならなかった。
何でこいつはこんな風に傍若無人なんだろう。
ある日疲れ切って任務から帰ったら、今日と同じように、勝手に家に上がり込んできた男に、あれよあれよという間に押し倒されてから、ずっとこうだ。
勝手に飯を、風呂を、寝床を、…家主である俺すらも好き勝手に使い、当たり前みたいな顔して居座っている。
「んー?ま、材料は十分だね。二人分以上ありそう」
「なっ!これは俺の…!」
袋一杯の俺の感傷を、男はするりと奪い取っていく。
「こんなに全部食べられないでしょー?」
一緒におなべ食べよ?
小器用に白菜を手の中で弄びながら、男が台所にまで入り込んでいる。
でも、一緒っていった。なべは一人で食っても美味いけど、二人でで食った方がずっと美味い。
…突き放せないのはこうして隙をつくように寂しさを埋めていくからだ。
強姦魔の癖に。
どうしてこんなことになったのか。
「うぅぅぅ…!」
今日はちょっとだけ贅沢してたくさん材料を買って、でもそれは自分ひとりのためだったはずだ。
材料を買い込むときに、コイツの顔思い出して思わず買いすぎたなんて気のせいだ。
いついなくなるか分からないこの気まぐれな生き物になんて、関わっても…きっとまた勝手に出て行ってしまうに決まっているのに。
「お味噌汁作ろうと思って出汁とってあるから、すぐしたくできるよ。コンロだしてきなさいよ」
「…ん」
「じゃ、おねがいね?」
くしゃりと頭を撫でていく手に、なぜか胸が苦しくなる。
母ちゃん。父ちゃん。何で俺はコイツがずっとここにいてくれればいいのになんて思うのかなぁ…。
もしもまだ健在だったら父は確実にコイツを叩きのめしてるだろうし、母はきっと。…きっと俺とコイツをまとめて抱きしめてくれたかもしれない。
ちゃぶ台の上にコンロを置いて、土鍋は男が勝手に引っ張り出したずっと昔に使うのをやめてしまった大きなものがいつの間にかのっている。
あの日俺を置いていってしまった大切な人たちと、冬になるとよくこれを使った。
いきろ、なんて。そんなセリフ大嫌いだ。
一緒に生きようって、どうして言ってくれなかったんだ。
逝ってしまった二人に何を言っても思っても、届くはずもない。
急に寒くなったせいだ。だからこんな風に。
「ほら、準備できたよ。…いっぱい食べてあったまりなさいね?ま、なべで駄目でも俺がいるけどね?」
一杯しようね?これからも一緒に。
にこにこと笑う男がどうしても信じきれない。
それなのにこの男は俺が一番欲しいセリフをくれる。
世の中はなんてうまく行かないんだろう。
「なべは。食う」
あったまればきっと何もかもが気にならなくなるだろう。
視界が歪むのはふわりと漂う湯気のせいだ。
「泣き虫だねぇ?泣いてる顔も好きだけど」
笑う男の手が優しすぎるのが悪い。勝手に上がりこんで当たり前みたいに振舞うのが悪い。胸が痛むのもこんなにもあったかいのもさみしいのも、全部。
「うるさい!全部お前のせいなんだからな!責任取れ!」
「ん。もちろん!」
ずっと一緒。しぬときは連れて行く。
そんな物騒な囁きに胸が高鳴る。
ああもう!なんだよ!…知ってるんだ。もうとっくに手遅れだって。
「サイテーだ…」
したくもない恋ごとやってきた男は、俺の悪態にも楽しげに笑う。
「サイコーでしょ?食べてヤってくっついて寝られるんだもん」
そう言って、キスなんかしてきた男の口には、熱々の豆腐でも後でつっこんでやろう。
小さな復讐を誓いながら、部屋に満たされる出汁の香りを胸一杯に吸い込んだ。
幸せな香りだ。
「なべ、また食いたい」
湯気の向こうにかすむなべには、きっと俺の食べたかったものが詰まっている。
「そうね。今度は俺が用意してあげる」
その約束を、少しだけなら信じてもいい気がした。


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任務先で一目ぼれして押しかけすぎちゃった上忍とか寂しがりやのつんでれ中忍の話。
いちゃらぶ?
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