麦茶(適当)



「あっついですねぇ」
「そうですね。この所特に」
クーラーの効きすぎるほど効いた受付所にいると忘れがちになるが、今日は相当な暑さだろう。
夏は暑いものだとはいえ、こうも真夏日が続くと頑強な忍たちにもうんざりした様子が垣間みれる。
もちろん依頼にくる一般人向けでもあるが、こうして受付所を冷やしてあるのは、忍たちをねぎらう意味もあった。
この汗一つかかない上忍を見る限り、この人には必要なさそうに思えてしまうのだが。
「報告書、お預かりします」
「はいどーぞ」
相変わらずふわふわした人だなぁなどと不遜なことを思う。
少しばかり暑さで頭をやられているのかもしれない。
髪の毛だけじゃなく、どうも態度までなんとなく軽いこの人のことは嫌いじゃなかった。
高ランク任務をこなす忍には、どこかでその緊張と疲労と、それからたまに絶望のかけらみたいなものが張り付いているものだ。そういうのにまだ慣れていない新人なんかそれだけで倒れたりすることもある。
殺気と血臭を同時に叩きつけられれば当然か。
上忍がその状態になるのは高ランク任務ばかりさほどの休みもなくこなし続けているからだが、この人はその中でも群を抜いていた。
時々チャクラ切れを起こすことはあっても、大怪我をすることも殆どなければ、殺気まみれで受付所をおかしくしたことも一度もない。
癒し系…どちらかといえばそう呼ばれるのはなぜか俺の事が多かったが、俺から見れば上忍の中で一番の癒し系だと思う。
とげとげしい気分のときも、この人に会うとなんとなく和むのだ。
片目だけでふにゃっと笑うその顔のせいだろうか。それとも猫背でふわふわ歩いているからだろうか。
とにかく今日も少しばかりピントのずれた会話に、俺は癒しを感じていた。
「麦茶でも飲みますか?丁度人が来ない時間帯ですし」
低ランク任務はもう大体報告書を受け取ってしまっているし、高ランク任務は夜か早朝が多い。
まあこの人だけはどんなランクの任務でも俺が受付する午後に持ってくる事が多いんだけどな。それだけ腕がいいんだろう。こんなにふわふわしてるのに。
人が来ない時間帯はシフトも薄い。お茶を飲むくらいは休憩時間じゃなくても許されてるんだし、暑い中Aランク任務をこなしてきた上忍を少しねぎらうくらいなんてことないはずだ。
「いただきます」
ほんの少しだけ驚いた顔をして、それからまたふにゃりと上忍が笑った。
なんか、うん。かわいいんだよなぁ。照れたみたいにふわって笑うからさ。
ごそごそと給湯室に大量に作っておいた麦茶と、ついでに氷もコップに放り込んだ。
カラン…っと涼やかな音を立てるコップは見ているだけで涼しげだ。
「はいどうぞ!」
並んだうちの一つを手渡し、それから俺も水滴を書類に零さないように気をつけて一気に煽った。
喉を鳴らして飲み込んで、ぷはーっと息を吐く。
美味い。やっぱり夏は麦茶だよな。
「おいしそうに飲みますねぇ」
「へ?そうですか?」
他人と比較したことなんてないからなぁ。…褒められてるんだろうか。なんでかしらないが妙に嬉しい。
「俺も、いただきますね」
そういって、上忍は躊躇いなく口布を引き下げた。
「え!」
えらく整った顔に驚き、それからコップの中身があっという間に消えていくのをぽかんとしながらみていた。
「おいし。ごちそうさま」
「い、いえいえ!お代わりは?」
「ん。大丈夫」
顔のことなんて考えてなかったことを詫びようかと思ったものの、本人が驚くほど普通すぎて却って言いづらい。
ま、まあいいか。今度気をつけよう。人がいないからイイと思ってくれたのかもしれないいしな。
「報告書は問題ありません。お疲れ様でした!」
「ん、ありがとうございます。麦茶も」
「い、いえ!ゆっくり休んでくださいね!」
なんだろう。妙に焦る。カタリと音を立てて置かれたコップの中身は空っぽで、だからこの人はもうすぐ帰ってしまうのに、どうしてか引き止めたい気持ちに駆られた。
「んー…ねぇ。イルカ先生はこの後暇?」
「え。あー…あと30分したら上がれます!」
力強く応えてしまってから、自分の反応が大げさすぎたんじゃないかと気がついた。
落ち着かない。…どうして。
「じゃ、一緒にご飯食べてくださいよ」
「へ!?」
「きまりね。迎えにきます」
「はははは!はい!ありがとうございます!」
飯か。あの人と一緒に。
上忍は返事を聞いた途端、あっという間に姿を消した。
落ち着かない。なんでこんなに緊張してるんだ。どうしちまったんだ俺は。
それに。最後の一言は。
「脈アリみたいなんでがんばります」
って。それは何の意味なんだ。
「うぅ…あ、暑いせいだな!きっと!」
コップを引っつかんで給湯室に戻って、それから勢い良くおかわりした。
冷たい麦茶は美味い。でも、落ち着かない気分は消えてくれない。
胸が締め付けられるようなこの妙な感覚。
…あの人が迎えに着てくれたら、その答えが分かるだろうか。
氷だけになったコップが、返らない答えの代わりにカランと音を立てた。


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適当。
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