好きになったら当たって砕けろってのが忍の常識ではあったりする。 切った貼ったが日常茶飯事のこの稼業じゃ、ある意味合理的だ。 片思いをこじらせてる間に相手も自分もいつ死ぬかわからない。 それならさっさと告白してきっぱり白黒つけてからじゃないと、おちおち任務にもいけやしないって連中が大半だからこそのこの風潮だが、もちろん乗れないヤツだっているわけだ。 そう。たとえば俺のような、ありえない相手にうっかり惚れちまったヤツなんかは特に。 「イルカせんせ?どうしちゃいました?」 「へ?いえ!なんでもありません!」 「そ?じゃ、これおねがいします」 「ははははは!はい!すみません!ちょっとぼーっとしてたようで!」 受付所で何やってんだ俺は! この所の連日の睡眠不足は、こんな所にまで影響し始めている。 疲れて帰ってきた忍を迎える大事な場所だってのに…俺はなんてことを。 それもだ、よりにもよって失礼なまねをしてしまったのは思い人だ。 誰にだってこんな対応は最低なんだが、…叶わなくても好きな人には嫌われたくないじゃないか。 泥のように落ち込みながら、この所繰り返している反省をまたしだした。 眠れないからって仕事入れすぎてるんだろうか。 だが残業を引き受けると皆が助かるし、どうせ家に帰ったって眠れないんだ。 …いっそ受付から外してもらうか。だがどっちにしろもしかしてアカデミーでもやらかしているかもしれないんだし、もうこうなれば記憶操作でも受けるべきかもしれない。 恋わずらいで任務に支障がでてるから消してくれなんて、とてもじゃないがいえそうにないのが一番の問題だが。 「イルカ先生」 「は、い…本当に申し訳ありませんでした。お疲れ様です。受理しましたので…」 怒らせてしまっただろうか。 普段は二つ名からは想像も出来ないほど穏やかで、ちょっとぼんやりした人だけど。 子どもたちにはそれなりに恐れられていたりもしたから、そんな態度も社交辞令ってやつなのかもしれないけどな。 つまり十把ひとからげのどうでもいい人間だと思われてるということなんだろうが、もうそんなことに落ち込むような時期はすぎている。 書類には集中して取り込んだから、チェックミスはない…はずだ。 この人に迷惑をかけたことを詫びて、それからいっそのこと外の任務にでもつこうか。 流石に戦闘のある任務なら、こんな腑抜けたことにはならないはずだ。 「イルカ先生?」 「はい」 どうしよう。まだなにかやっちまっただろうか。 見ないで欲しい。もう押さえきれていないものが、この人にむかってあふれ出してしまいそうだから。 「ちょっと来なさい」 珍しいことにそれは命令だった。 受付に緊張が走る。隣に座っている同僚が硬直し、視線で許可をよこした。 制裁か。…それすらもご褒美に思えそうな自分が悲しい。 本当に恋は人を変えるな…。いい方にいけばいいのに、俺にとっては間逆だったみたいだけどな。 「じゃ、わりぃ!ちょっと行って来る。…ごめんな」 「お、おう!まあこの時間暇だし大丈夫だって!じゃあな!が、がんばれ!」 上忍を怒らせたと思ったんだろう。緊急用の火影様を呼ぶ式を握っているのが俺にも見えた。 そう長くはかけられない。あいつが式を放てば大騒ぎになるだろう。 「あの、カカシさん?」 腕をつかまれている。 情けないことにそれだけで胸が騒いだ。 なんだこの初恋中のアカデミー生みたいな反応は。我ながら涙がでそうだ。 毎朝その姿を思い出してはため息をつき、どこかで見かければ緩みそうになる頬を押さえ込み、家に帰ってからは…変な夢を見てすぐ目が覚める。 ちゅーだぞちゅー。どうなんだそれは。相手が男じゃなかったら溜まってたんだなで済む。でもなぁ。だから気づいたようなもんだからいいのかもしれんが、これはまずいだろう。 なんでこんな人好きになっちまったんだろう。 優しいし子供思いだし、体張って仲間守るがんばりやさんだし器量よしだし…って、ああああ!だから!男なんだよ!上忍だし! ぼんやりしてるうちに、意を決したとばかりにカカシさんが話しだした。 「イルカせんせ。あのね?」 「はい」 なんだろう。穏やかな瞳は普段と変わらない。殴られたりはなさそうだが。 「イルカせんせは無理しすぎだと思うんです。ほっとけないから持って帰りたいんですが」 「は?」 「なんでしょう。自分でも変なこと言ってる自覚はあるんだけど、どうしよう?」 急におろおろしだした。そして俺もそれに釣られておろおろしだしている。 なんだ?家にあがりこんでもいいとかそんなこと言ったら…隙見てこっそり好きだって囁いてみたりしちゃうかもしれないだろ!どうしてくれるんだ! 「と、とりあえずその!仕事が終わったらその!どうしよう!」 「えーっと!飯とか!でもそれじゃ心配なの!最近五版食べてても顔色悪いし!」 「う!それはその!すみません!」 ここでうっかり悩みの原因なんて聞かれようものなら吐血するところだが、どうやら混乱するあまり、そこまで考えが至っていないようなのでがんばって誤魔化すことにする。 「じゃ、どうするの?」 「えーっとその。め、飯を食いましょう!そんでそのときにかんがえればきっと!」 「そうね…ご飯食べてからなら浚っても困らないし…」 不穏な呟きに思わず嬉しそうな顔をしてしまったかもしれないが、どうやら気づかないでくれた。 「その、すみません!あともうちょっとなので待っててください!」 「ん。でも具合悪そうだったらすぐ持って帰りますからね!」 怒られた。心配された。どうしよう!いやもうなんていうか…なんていうか…大好きだ! 浮き足立ったまま受付に戻った俺は、俺の無事をみて涙ぐむ同僚が、背後から現れた人のお陰で真っ青になって震えるという光景を目にすることになるのだが…。 まあそこから先は今度の話。 ********************************************************************************* 適当。 ご意見ご感想お気軽にどうぞー |