水浸しの家(適当)


 服もびしょ濡れだが部屋の中も散々な有様だ。
 これじゃ今晩の寝床も確保できないかもしれない。
 幸い…というか、昨夜は仕事が片付かなくて、宿直室に書類をもちこんで片付けたから、仕事上に必要なものは全部無事だ。
 被害は甚大だが、周囲に迷惑をかけないで済んだことだけは慰めになった。
 例え私物の大部分が使い物にならなくなっていたとしても。
 ベッドはもちろん、足首まで水が溜まっているところをみると、家電は全滅かもしれない。書物の類は…押入れの上の段は無事そうだな。床に置いてあったティッシュはまだしも、買い置きのトイレットペーパーも駄目になってそうだよなぁ…。忙しさにかまけて適当に玄関先に置いたまま出勤しちまったからな。横着しないできちんとしまっておけばよかった。さっきはドアをあけた途端にあふれ出した水に驚きすぎて、家の中に駆け込んじまったからちゃんと見てないんだよな。
分かりきっている結果を確認しに玄関に行って、予想通りふにゃふにゃでべたべたの何かに変わり果てていたモノを発券して、またひとしきり落ち込んだ。
落ち込んで、落ち込んで、あふれ出る水がドアの外に流れていくのを見送っていたら…そこに誰かが立っていた。
「雨漏りにしちゃ盛大ですね?」
「え?…ああ、こんばんは」
 知り合いの上忍だ。知り合いという言葉で括っていいのか多少疑問が残るが、少なくともこの大惨事に相手をしたくない程度には疎遠な人であることはたしかだ。
 原因をさっさと見つけ出さないと、ご近所に迷惑になる。
 それから掃除か…先が見えなさ過ぎてなんだかちょっと泣きたくなってきた。この人がいるからそんなことはできないが。
「…ここ、かな?」
「あ!ちょっと待ってください!今立て込んで…!」
 いきなり寝室に飛び込んだ上忍を止める暇もなかった。せめて靴は脱げよ。まあもう靴があろうがなかろうが意味がないくらい床は水浸しだけどな。
「あった。これだ」
「あ。それ」
 教え子から貰ったものだ。誕生日になったら開けてほしいと言って、はにかみながら手渡された。
赤いリボンを巻いてあったその箱は、無残にも隙間から水を滴らせ、すっかり変形している。なんていって謝ろうか考えていたとき、それを上忍が乱暴に引きちぎった。
「やっぱり、ね」
「まき、もの…?水が滲み出てる!?」
「あ、開けちゃだめです。ここが沈む。水遁系の術だと思うんですけど…。知り合いのお孫さんが禁術の巻物持ち出したっていうんで探してたんですよ」
「…あー…なるほど。それでですか…」
 子どもたちが禁じられているモノの意味を理解するより先に、貴重なものだって事実だけに喜んで突拍子もないことをするのは良くあることだ。
 この人の知り合いってことは暗部絡みだろうなぁ。碌でもない。よく貰うような置いておくと美味くなるとかいう手作りのケーキかなんかだと思い込んで、中身を確かめないでいた俺が悪い。
「よいしょっと。これで水は止められたから」
「ありがとうございます…」
 チャクラを感じさせずに水をただひたすら湧き出させるなんて凄いな。流石禁術書。
 事情を聞けば納得した。水漏れにしてもどこからかわからなかったんだよな。
「じゃ、片付けますね」
「ええ!?いえ、そんなことまでしていただくわけには!むしろ俺には…なんらかの処分が下るんじゃ…」
「えー?だって何も悪いことしてないでしょ?」
「いえですが!」
これ便利ではあるんですけどね。飲料水の確保から、町を水没させるとか、割と融通が利くんです」
「そうなんですか…」
「温泉も引っ張ってこれるんで、それ聞いてその子は持ち出しちゃったんでしょうね」
「…あー…なるほど」
温泉が好きだというのはすっかり知れ渡っているからな。どこかであの子もそれを聞いたのかもしれない。悪気がないにしても勝手に持ち出すのは駄目だっていうのはよく言い聞かせないといけないけどな…。
「お誕生日に温泉のつもりが、水のチャクラの持ち主が近くにいたからこうなっちゃったんじゃないかな。ほらお手紙?だったんじゃない?これ」
「そうみたいですね。お風呂に入れてね?って書いてありますね。これ」
 それから印の結び方も書いてあるが、文字の部分と違って破れている上に水に滲んで判別が難しくなっている。こんな危険物の扱い方は知りたくないからある意味助かった。
「その字読めるの?流石だねぇ?」
「まあその、馴れました」
 字が汚い子なんていくらでもいるからなぁ。それにこの子はましなほうだし。低学年に比べたら簡単な部類に入る。
 ってそんなことより掃除だ掃除。手伝ってもらうのはやっぱり申し訳ないからとりあえずお引取り願おう。
「あ、そうそう。脱線したけど、これね。便利なのが水没させてから一瞬で元に戻せる所なのよね。全員溺死なのに水はないっていう。残酷だし、危険すぎるってことで禁じられちゃったけど」
「は、はぁ。そうですか」
 聞いていて背筋が寒くなってきた。まあ便利だよな。俺も城攻めとか大規模な戦闘任務なら欲しくなるかもしれない。自分が仕掛けられる側になったらと思うとぞっとするが。
「だからねー。えい」
「うお!え?ええ!?」
 綺麗さっぱり水が消えた。びしょぬれだったベッドも、床もたんすも、元通り乾いている。濡れた痕跡はあるんだ。でも水だけが抜けている。ティッシュなんかは無理だろうが、少なくともベッドは使えるだろう。
「んー?冷蔵庫と…炊飯器もアウトかな?テレビも。あ、扇風機はいけますね」
「あ、いえ。大丈夫です。ありがとうございました」
 いきなりの事態に放心しかけたが、それどころじゃないよな。水浸しで寝床もないことを思えば上出来だ。懐は痛むがなんとかなるだろう。
「じゃ、このリスト爺さんに飛ばしときます。新しいのくるで不便だろうから、俺んちでいいですよね?」
「は?」
「孫の不始末だからって落ち込んでたんで責任取らせてやってください」
「ええ!?そこまでしてもらうわけには!」
「弁償させてもこまんないくらい金もちだから気にしなくていいですよ。元々爺さんがよっぱらって孫に自慢した挙句に、卒業したら全部やるなんて言うから、貰っていいと思っちゃったみたいなんですよね」
「…あーそうですか…」
 まあ、ある。これもな。元上忍とかの祖父祖母からわけのわからない術を教わってアカデミーで…ってパターンだ。情状酌量の余地が出来ちまったな…。
「じゃ、いきますよー」
「え?どこに?」
「俺の家。寝床はありますから。一緒に寝るからちょっと狭いけど電気系統は後で調べに来ます」
「え?え?え?」
「ホラ行きますよ。靴履いて」
「あ。はい」

 勢いに負けてそのまま上忍の家に厄介になってしまった俺は、飯も風呂も用意されるという恐怖を感じるほど居心地のいい生活にたった数日でうっかり馴れてしまった。
 飯も風呂も嬉しいけど、なにより嬉しいのは会話のある食卓とか、他人のぬくもりを感じる生活だ。
これでまた一人に戻るのは寂しすぎる。
こっそりめそめそ泣いてたわけだが、家電が届く頃には、しれっとした顔で上忍まで一緒に引っ越してきて、その日のうちに勢いでお付き合いすることにまで決まってしまった。
 どうなってんだこれは。
「誕生日プレゼントってことで。大事にしてくださいね?」
 強引なくせにかわいらしく笑う上忍には敵いそうもない。…それにもう、この人から離れることが考えられなくなりつつある。
「え。ええと?…ふつつかものですがよろしくお願い致します」
 幸せになれる予感というか、幸せにさせられちまいそうな勢いと確信がある。
 巡り巡った誕生日プレゼントは、多分生まれてから一番大事なものになるだろう。
 悪戯な教え子にはほんの少しの感謝を捧げておいて…まんまと恋人に上り詰めた人には、小声で好きですと言っておいた。


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適当。
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