「濡れちゃいますよ」 勢い良く流れ落ちる滝の側に立つ男にそう声を掛けてから、もうとっくにびしょ濡れになっていることに気がついた。 「ああ、そんな顔しないでくださいよ」 びしょ濡れの男が困ったように笑うから、それ以上何も言えなくなる。 川にでも落ちたのか、それとも…任務か。 分からないながらも濡れねずみの男を放っておくことなどできなくて、手ぬぐいでぐいぐいと拭いてやった。 「何があったか知りませんが馬鹿ですか!風邪引きますよ!」 変わった人なのは長くはない付き合いでも思い知っている。 多分これも任務ではないのだろう。 任務ならこんな不審な行動は取らない。 毛の先一筋ほどの隙も残さずに、完璧に隠して見せるだろう。 それがこんな風にこんなにびしょ濡れになっている。 …俺がここに来るのを知っていたかのように。 ここは少し里から離れているだけなのにあまり人が来ない。水遁の練習には持って来いだから良く使っていた。集中したいときは修行するに限るからな。 雑念もチャクラを高め、術の精度を上げるうちに少しは誤魔化せる。 それがどんなに苦しいものであっても。 ある意味単純な己に感謝したいくらい、効果はあって、悩みごとに振り回されるとチャクラ切れ寸前まで術の訓練をするのが習いだった。 先客がまさかその原因でもある人だとは思わなかったが。 「イルカ先生、やさしいね?」 「優しいもなにも!アンタがびしょ濡れなのが悪い!」 こういう構われ方は苦手だ。 何も言わないくせに思わせぶりな態度ばかりとるから、俺は戸惑ってばかりいる。 皮膚が波立つほどの欲を感じさせながら、そのくせとぼけた上忍を演じたがる。 何を、どうしたらアンタはそんな目をしなくなるんだ。 「あーあ。すぐかわいちゃいそう」 「それでいいんです。風邪引くでしょうが」 残念そうな顔をされても慰めてやる気はしない。 この男が看病しろとか言い出したら通い詰めてしまう自信があることだし、触らぬ神にたたりなしだ。 …もうとっくに触っちゃいるんだがな。 そうだ。ほっときゃいいってわかってるのに、それができないんだよ。俺は。 この人になにかあったらきっと俺はおかしくなる。 「ねぇ。いってもいい?」 言って?行って?どちらの意味かわからないから、曖昧に頷いた。 むさくるしい男の一人暮らしだ。部屋だってお世辞にもきれいとは言いがたいがとりあえず風呂ぐらいは用意できる。 それに、何か言いたい事があるなら言えばいい。 …それがもし、この誰にも言えない感情を見抜いた上で、それを捨てろというのでなければ。 どっちだっていいんだ。この人が望むことなら、俺はきっとなんだって叶えようとするだろう。 「どうぞ」 許可を与えたことになるのかもしれない。だから。 こうして急に抱きしめられても抵抗はしなかった。 「好きです」 「…いうな…!」 知っていた。正確には多分そうだろうと思っていた。 好きで好きで、ずっとみていたから気づいてしまった。 この人が俺を欲しがっていることに。 嬉しかったのは最初だけだ。この人には優しい妻と賢い子が必要なのに、俺はそのどれにもなれない。 「意地っ張りだしこっちから近寄ると逃げるのに、怪我とかすると心配そうに寄って来るんだもん嫌になる」 「すみません。差し出がましいことをしました」 我慢できなかったんだ。 この人を傷つける何もかもを消してしまいたい位、俺はこの人に惚れている。 嫌がられてもきっと俺は、何度だってこの人を守ろうとするだろう。 「そうじゃないでしょ?」 「え?」 「あのね。好きなの。イルカ先生も俺のこと、好きでしょ?」 呆れたような口調で決め付けるくせに、その瞳は優しい。 この人はどんな手練の詐欺師より腕がいい。一度も何も告げたことなどなかったのに、何もかも分かったような顔をして俺から答えを引き出そうとしている。 「…家で風呂位は貸せますよ。濡れて風邪でも引いたんでしょう」 胸に手を置いて引き離そうとしたのに、腕の力は緩まない。 水が、じんわりと染みこんでくる。この人に寝食され続けている心のように、ゆっくりと、だが確実に。 「意地っ張り」 ちりっとした感触がうなじに走った。痛みよりもその行為の意味に涙が零れる。 きっと痕になった。所有の証は鏡を見れば何度でも俺を攻め立てるだろう。 何故落ちてしまわないのかと。 「っ…」 「泣いてもいいよ。詰るなら好きなだけどうぞ。でもね、絶対手放さないから」 興奮している。俺も男も。それが誤魔化せない構造の体であることを、少しだけ感謝した。 全てを明け渡して許しを請う俺は、なんて滑稽なんだろう。 もう、逃げなくて済む。 そのことに酷く安堵しながら、男の背に縋った。 ******************************************************************************** 適当。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |