「ふぁあ」 生あくびをかみ殺すのももう限界だ。 深夜と言っていい時間さえ過ぎて、もう早朝と言ってもいい。 約束だから待っていた。…だが、きっと気まぐれに過ぎなかったんだろう。 そもそもが、約束と言っても下駄箱に仕込まれた手紙なんていう子どもっぽく、一方的なものだったし。 それを子どもの悪戯と切って捨てられなかったのは、上忍以上の者しか使わない暗号と、チャクラが込められていたからだ。 任務にしちゃまどろっこしすぎる。それにしちゃ中身がおかしい。 「今宵貴方の元へ参ります、だもんなぁ」 待ってろってことだろうと解釈した。 字はとても綺麗だ。 複雑な暗号文を綺麗だと思わされたのは初めてだった。それくらい丁寧で、美しい文字だった。 女とも男ともつかぬ相手に、こうして時間を割くのは馬鹿馬鹿しいと思わないでもなかったが、それを待ってみようと思ったのはそのせいかもしれない。 「どうせ明日も休みだしな」 日々忙しく過ごしているしがない中忍教師の身の上だ。 偶然が重なってこんな風にぽっかりと休みを与えられても、部屋の掃除か修行くらいにしか使い道を思いつかない。 だから丁度良かった。こんな謎めいた手紙を貰って、アカデミー生だった頃のようにわくわくしていた。 …まあ結局は悪戯ということになりそうだが。 「あてな、おれのなまえなのにな」 ああ、眠い。いっそ人違いだと思う事ができたらよかったのに。 ふらふらとコタツから抜け出して、開けっ放しにしていた玄関の鍵を閉めた。 上忍レベルなら鍵を掛けたって簡単に開けられるとはいえ、来るってんなら開けとくのが礼儀のような気がしたからな。 安っぽいシリンダー錠が回るのを今か今かと待ち構えて、それがどんな相手かを想像した。 知り合いか、それともそうじゃないのか。男か、女か。若いのか年寄りか。 それだけで楽しめたから、まあいいか。 寝室のドアを開けて、昼過ぎまで自堕落に寝るのもいいだろうと思いながらベッドに潜り込もうとして…目を見張った。 「おしごと、もう終わった?」 「え、ええ」 待っているだけでは手持ち無沙汰で、持ち込んだ書類ならもうとっくに片付いている。 まさかずっとここにいたのか。そりゃそうか。暗号なんか使う相手が玄関からやってくる方がおかしい、のか? 男だ。それに若い。 それから、知り合い、だ。多分。 素顔なんて見たのは初めてだが、こんなに綺麗な銀色の毛並み…いや毛並みってのは違うか。まあとにかく、こんな色を持っている人は、木の葉の里にはそういないはずだ。 赤い片目からしても、間違いない。 「良かった。あのね」 「はい」 壊れ物でも触るように俺に触れる手が、暖かい。普段ならごつごつと触るはずの手甲がないせいだと気がついた。 もう大分寒くなってきたってのに、ノースリーブのアンダーとズボンだけだなんて。 どうしてこんなにもなにもかもが晒されているんだろう。普段のこの人は、顔も手も隠しているからか、落ち着かない。 「手紙で言おうかと思ったんですが、それもどうかなと思って。ま、ダメージは直接の方が大きいのは分かってるんですが」 「え、ええと?」 何か俺に伝えたい事があるらしい。どうも奥歯に物が挟まったみたいな物言いでよくわからんが、少なくとも嫌われちゃいない…とコレまでは思ってたんだが、ダメージなんて聞くと流石に身構えてしまう。 なんだろう。この人がこんな風に真剣な顔で伝えたいことって。 「好きです」 「へ?」 眠気が過ぎて、いつの間にかへんな夢でも見てるんだろうか。 間抜けにも目を見開いて口も多分半開きだったと思う。 「食べちゃいたいと思うような方向でなんですが」 真顔で恥ずかしいことを言う上忍は、至って冷静だ。 こっちはもう頭の中一杯に疑問符が湧いて出ているというのに、なんでこの人はこんなにも…どっちかというとスッキリした顔さえしている気がする。 「た、食べられません!俺は!」 言いたいことは分かっていたのに、とっさにそういったらきょとんとした顔をされた。 なんだよ!おどろいてんのはこっちだ! 「ま、それは追々。…お返事はまた聞きに伺います」 「え!あの!でも!」 「眠そうだもんすごく。…添い寝ぐらいならしてもいいですよね?」 なんだかさりげなく勝手なことを言って、布団に押し込まれてついでに隣に居座られた。 普段なら冷え切った布団が、この人のおかげでほんのりと温かい。 冷たそうな外見とは裏腹に、くっつかれると俺より体温が高いかもしれない。この人。 「おやすみなさい」 温もりと穏やかな声のせいか、驚きで散って行ったはずの眠気が襲ってくる。 「おや、すみ…」 起きたらとりあえず、勝手に人んちに上がりこむなとか、玄関から来いとか、せめてそれくらいは言ってやろう。 そう心に決めて、まぶたを閉じた。 「いつかは食べちゃいますけどね」 …くすくす笑うその声を聞きながら。 ******************************************************************************** 適当。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |