「あのさぁ…いいの?追いかけなくて。」 他の誰に言われてもいいが、この男に言われたくない! 「アンタのせいだ!」 恋人…というほどではなかったけれど、お互い気になっていたのは確かだった。…そうでなきゃ部屋に呼んだりなんかしない。 きっかけは任務なんてありきたりなものだったけど、正直好きってほどじゃなくてもいいなって思えたから、これから関係を少しずつ進めていこうなんて思ってた。 俺も、そろそろお年頃だし、色々将来のことも考えなきゃいけないし。今までずっと一人だったけど、そろそろいいかと。 おりしも季節は夏。いくら忍だからって開放的な気分になっちゃいけないって決まりはない。 だから、最初は定石どおりお茶に誘って、それからそろそろ本腰を入れようかって時になって…。 コイツが全部ぶち壊したんだ。 「だってねぇ?アンタまだわかんないの?」 俺に追いかけろとそそのかした口で、にやにや笑いを隠そうともせずに俺を嗤う。 その口調の軽さと反比例するようにねっとりと見つめながら。 満足げなその顔が不愉快だ。晒された身体は確かにどんな女が見ても惹かれるだろう。…多分、男だって。 だからって…! 「分かるわけないだろ!?なんてことしてくれたんだ!」 コイツがどうしてこんなことしでかしたのか、さっぱり分からない。 俺は家で彼女を待ってて、ソレなのにコイツは…! 「キス位で騒がないの。」 そう。いきなり現れてキスしやがったんだ!それも、見せ付けるように濃厚に。 俺がもがいて引き離そうとしている視界の端で、彼女は顔をゆがめて去っていった。 かわいい子だったのに…あの時の般若みたいな顔を忘れられない。 「お前のせいで…!」 今日は幸せなデートになるはずだったのに! これから幸せになるつもりだったのに! 「これからもっとすごいコト、するのに。」 人の話を聞かない男は、獲物を前にした獣のようだ。 笑顔に混じって浮かぶのは、欲望と衝動と…それから征服欲。 誰が簡単に取って食われてなんかやるもんか! だって、コイツは…! 「なんでだよ…!お前が悪いのに…!あの時俺を捨てたのはお前じゃないか!」 任務中で出会いなんて、ありきたりなソレ。…でも、もう二度とないと思っていたのに。 やっと、やっと忘れてもいいかと思える頃になって何で…! 「うん。ごめん。…でもねぇ。諦められるほど生半可に惚れてないんだよね?」 あの時も、こうやって、ちょっとすまなそうに、どこか怯えめいた物を漂わせて…それから簡単に言ったんだ。 「さよなら」って。 「全部全部…!」 もういらない。もう信じない。二度と。 好きだと言って、男相手になんて考えもしなかった俺を攫うように手に入れたくせに、任務が終わったらあっさり捨てた。 任務なんかで出会って、それなのに本気で惚れた俺が馬鹿だとわかっていても、しにそうに苦しかったんだ。それこそ息ができなくなりそうなくらい。 …いまさらこんなコト言い出しても信じてなんかやらない。 あの時の痛みをもう一度味わうくらいなら、二度と誰も好きにならないと思った。 あれをまた繰り返すのに耐えられるわけがないから。 「何度謝ってもいいよ。」 笑う顔さえ、変わっていない。 「でも、知ってるでしょ?アンタは、俺のモノ。」 傲慢な、それでいて逆らう気さえ起きない魅力的なあの顔が、また俺に向けられている。 …俺だけに。 「そんなの…知らない…!」 俺のモノ…何度そう呼ばれただろう。馬鹿な俺は単純にソレを喜んでいた。その意味を理解っていなかったから。 …捨てるのも拾うのも自由なおもちゃでいられるほど、俺は強くない。 「気付かなかったんだもん。こんなに好きになってたなんて。なにやっててもアンタのことばっかり考えるようになって…だから怖くなって捨てた。」 子どものような言い訳。残酷で、幼くて…そしてを自分がどれだけ酷いことをしたのかまるで自覚していない。 何で、俺はこんなコトを聞かされなきゃいけないんだ! こんなこと、今更知りたくなかった。 俺はただ、幸せになりたいだけなのに、どうして? 「でも、駄目だったよ。他ので遊んでも全然その気になれなくてさ。離れてる間もアンタのことばっかり考えてて。」 俺もそうだった。 捨てられたのが分かってても、馬鹿みたいにコイツのことばかり考えて、ずっとずっと苦しかった。 今だって、いっそあの時ころしてくれたらと…。 「アンタ、ずっと一人だったでしょ?それで、馬鹿みたいに安心してた。」 誰も好きになれなくて、それも苦しくて…でも、好きになれなくても一緒にいてくれる誰かが欲しいと思えるようにはなったのに。 今度こそ、ずっと一緒にいてくれる誰かを。 「でもあんな女作ろうとするんだもんねぇ?」 あの子は優しかった。俺に笑ってくれた。 中忍の安全パイ…たとえそんな打算が混じっていても、それにさえにも縋りたくなるくらい寂しかった。 「思い出させてあげるよ。」 忘れたことなんかない。 刻み込まれたソレを忘れられたらといつも思っていた。 いらない。もう二度と。もういやだ。なんで。 俺の悲鳴を楽しそうに笑って、かわいいだの、もっといってだの、泣き顔もそそるだの勝手なことを言う。 その手があの時と同じように伸ばされて…俺に、触れた。 それだけのことで、どうしてこんなに嬉しく思わなきゃいけないんだ!? …男が服といっしょに俺の理性もはいでしまったんだろうか? 「ああ…コレだ。この感じ。やっぱりアンタじゃないと駄目なんだ。」 簡単に捨てたくせに、当然のように支配を再開した男が、どこか酔ったようにそう呟いて。 後は、せわしなく俺を暴いていく男に抵抗すら出来ずに、ただ与えられる快楽に溺れた。 あの時と同じように。 ***** 「起きたの?」 傍らで男が満足げに笑っている。 体も心もガタガタの俺のことなんか考えもせずに。 「離せ。出てけ。」 もういらない。こんな顔されても全部ウソのくせに。 全部欲しいとか、もう離さないとか、あの時と違う言葉も、きっと。 …いつかはきっとウソになる。 乱暴な抱き方…心は拒絶しても、身体はそれを裏切った。 だから、コイツもこんな顔で笑ってられるんだろう。 「駄目。…アンタ、俺のだって忘れちゃったの?」 ほら、こんなにぐちゃぐちゃに乱れたくせに。 そう言って汗や吐き出された欲望の残滓で汚れたシーツをこれ見よがしに見せ付ける。 それに包まれて身動きも取れない俺自身も。 「いらない。…今更何言っても信じられない。もういい。俺はずっと一人でいるから、二度と俺に関わるな!」 みっともなくかすれて取り乱した声が、まるでヒステリックな女のようで自分でも吐き気がした。 でも、他に何が言える? 捨てられて、また拾われて、それから好き放題にされて…今度はまたいつ捨てられるのか怯えて過ごせとでも? ふざけるな! でも…。 「別に信じなくてもいい。でも、アンタは二度と離さない。」 どこか必死さを感じるくらい強く俺に絡みつく腕に、また囚われたのだと知った。 愛なんて分からないけど、あんただけが特別だと呻くように言った男を、もう愛しているのか憎んでいるのかわからない。 ただ、分かるのは、俺がこの腕を拒むことが出来ないというコトだけ。 「アンタは、俺のモノ。もう二度と離さない。それだけ分かってればいいよ。」 傲慢な支配者の腕は執拗に俺を絡め取る。 だから、俺は考えるのを止めた。 絶対の支配者。…そんなものが欲しいなんて思ったことはなかったのに。 その腕に安らぎを感じる自分を許せる日が来るのは近いだろうと思った。抗えないほど強いそれにまたきっと溺れていくのだ。 俺の絶対者の腕に。 ********************************************************************************* 雰囲気を変えたくなったのでヤンカカモノにしてみた。 …病んでますが、これからもカカシはイルカを離さないし、イルカは実は自分こそがカカシを捕らえているコトに気付かない…。 うすっくらいなぁ…次はアホみたいに明るいのにするかなぁ…?…ではでは!ご意見ご感想などお気軽にどうぞー!!! |