陳腐すぎる愛憎劇(適当)




「ねぇ。死んできてよ」
嫉妬に狂った男の目が赤い。左目の方は元々赤いんだが、右目まで真っ赤だ。
どれだけ泣いたのか、目の下まで薄っすらと赤く染まっていて、耳も赤くて、反対に指先は氷のように冷たい。
「イヤですよ。アンタ俺が死んだらもっと泣くでしょう?」
握り締めた手が痛みを感じるほど更に強く握り返される。
振り払われなかったことに密かに安堵して、震える体を抱き締めた。
「泣かないよ。腐らないようにする術なんていくらでもある。好きなだけ抱き潰して、それが済んだら一緒に死ねばいいんだもん」
どこかの任務で死んだら燃やされる前にここに口寄せして、それから術の限りを尽くして自分だけのものにするのだと語る男は、その癖悲しい悲しいと全身で訴える。
相変わらず憎まれ口ばかり上手くて、本当に欲しい物を表現するのが下手な人だ。
「後を追ってくるなら死ねませんね。アンタがジジイになってからくるならまだしも、そんな死に方したら意地でも追い返してやりますから」
ベストがぎちりと嫌な音を立てて引き裂かれる。床に落ちたそれはもう二度と身につける事が出来ないと人目で分かるほど壊れ、背に走った痛みからして、アンダーもクナイか、それともこの男の手で破られてしまうだろう。
一定以上の年齢になって未婚だと、里から番となる相手を作れとばかりに、任務扱いで女を押し付けられるのは良くあることだ。
宛がわれる方も否応なしにということが多いとはいえ、この手の経験を積んだ遣り手の世話役が選ぶせいで、その慧眼でもって互いの相性を見抜き、おかげで上手く行くカップルも多いらしい。
ご多分に漏れず執拗に女を紹介されて、しきたりどおり会うだけ会ってすぐに断っていたのに、この男に気付かれてしまったようだ。
…いや、気付かれるだろう事は予想がついていた。それがいつになるのか、俺は待っていたのかもしれない。
「ねぇ。なんでそんなに俺の事がわかってるのに、なんで任務だからって」
「さぁ。どうしてでしょう?」
この顔が見たかったからだといったら、もっと泣いてくれるだろうか。
その涙は、溺れるように愛されている証だ。なんて愛おしい。
「他に女なんかいらないでしょ?」
ああ、そうだとも。アンタだけでいい。
だがそれを言ってしまうと、この顔が見られなくなってしまう。
不安と期待とで一杯の瞳。
丸ごと食ってしまいたいほど、食われてしまいたいほど愛していると言ったらどんな顔をしてくれるだろう。
「好きですよ」
曖昧な返事に業を煮やしたか、覆いかぶさってきた男はどうやらきちんと俺を食ってくれるつもりらしい。
重なる唇にうっとりと目を細める。これは俺のモノだ。どんなにこの男に女を押し付けても、俺がこうしているうちは決して離そうとしないだろう。
いっそここを食い千切ろうかと言いながら性器を食む男を撫でてやった。犬のように奉仕するくせに支配したがるのはいつものことで、こうして奇妙な関係はこじれたままきっと死ぬまで続くだろう。
この幸福な円環は歪んだまま完成してしまったから。
「好きですよ」
永遠にアンタだけだと告げてやる気はない。
与えられない物に飢えて焦れ続けながら、本当はもう既に持っているモノを追い求めさせておきたいから。
「うそつき」
零れるその涙も、嗚咽交じりの罵倒さえ愛おしかった。


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適当。
どろどろした愛情もたまには。
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