たらないもの(適当)



「足らない」
そう。足らない。これっぽっちじゃ全然。
「い…ッ!なにす…っあ!」
任務が終わって報告も終えて、だからさっさと家に帰ろうとしていたのに、態々捕まえたのはこの男の方だ。
突き上げるような欲望を普段なら抑えこめた。
それがどんなに欲しい相手であっても、だ。
だがこの時期はどうしても理性が薄くなる。
…定期的に行われる毒の耐性試験。疲労していると分かりきっている任務明けに、そんなものを設定した医療忍はどうかしてるとしか言いようがない。
焦っていたのは知っていた。この所新しいタイプの毒が使われはじめ、耐性訓練の日程が詰まっていたらしいと、同じようにいきなり毒を飲まされた同僚が零していたから。
だからってありえないだろう。それでなくても人手不足だってのに、それも媚薬なんか盛るなんてキチガイ沙汰だ。
休暇中に休めるようにしたとか、はたけ上忍は今まで副作用で被害を出したことがないからだとか言い張ってはいたが、結果的にこんな状況に陥っている原因は、あいつらにもある。…その場で毒が切れるまで留まらなかったことは俺の落ち度だとしても。
確かに今まで毒に狂って被害を出したことはない。
…薄く薄く、今にも敗れそうな理性を抑えこむのは容易じゃないが、簡単に言えば欲望自体抱くことが稀だったからだ。
発情を促す類の毒は、俺たちのような上忍には好んで使われる。
足止めや情報収集の目的以上に、強い種を誰もが欲しがるからだ。
強い忍をどの里も求めている。
里によっては血塗られた手段でそれを成すこともあるほどだ。
それに比べれば、手っ取り早く素質のある者を作り出すには、確かにある意味合理的ではあるだろう。
少なくともチャクラや身体能力は、ある程度保証される。
血の流出。それを防ぐために行われる訓練は胸糞悪いものばかりで、無理やり引き出された興奮を押さえ込むのは苦痛でしかない。
だが、我ながら思った以上に一途だったのがよかったのか悪かったのか、処理のためとあてがわれた女を抱いたのは、数えるほどしかない。欲に溺れて避妊を忘れるようなヘマをしたことも勿論。
欲の発散よりも、こんな毒の処理に託けて、上忍の女になろうとする連中への生理的な嫌悪感の方が勝った。
だから今回も与えられる女を即断ったってのに、この人は。
「ねぇ。気持ちいーい?」
「ふぅ…ぅ…!ぁ!」
「聞こえて、ないか」
お疲れ様でしたなんて言って、それだけならなんとかできたのに、具合でも悪いんですかなんていいだして、家まで送るなんて。
もう獲物にしか見えなかった。どうしても欲しくて、だから必死でそれを押さえ込んできたのに。
この人の求める幸せな家庭とやらは無縁だ。
俺が欲しいのはこの人だけでも、この人の欲しい物とはまるで違う。
「あ、で、る…!」
「ん、ほら。イって?」
「あぁっ!…ッ!」
中に出せば毒の影響があるかもなんて、少しも考えられなかった。
この人自身、縛られて突っ込まれるまで何が起こっているかもこの人は分かっていなかったかもしれない。
いやむしろ、締め付けに唆されるようにぶちまけて、あふれ出るモノに身を震わせて達した今でも、どこまで事態を理解しているか怪しいものだ。
「あつ、い」
「ん。俺も」
そういうなり抱きついてきた。いい感じに意識も理性も飛んでいる。これなら後で記憶を消すのも楽そうだ。
…すべて、なかったことにすればいい。一夜の夢なら溺れても許されるだろう?
そうして刻みつけた記憶だけで、きっと俺は生きていける。
沸騰しそうな興奮を全てこの人だけに注ぎ込んでしまいたい。
「カカシさんカカシさん…」
甘い声。縋る手。…呼吸すらおぼつかないほど快楽に溺れて、自分を狂わせている男に足を開いて縋っている。
いつもは好青年の見本みたいな顔してるくせにね。
「イルカせんせ。…愛してる」
どうせ消えてしまうならせめてこの思いを告げたかった。こんな状態でどうせ理解なんてできていないだろうけど。
「俺も。あなたが好きです」
うっとりと目を細めて、腰を揺らしながら、悪戯っぽく微笑んだ。
そのときだけ嘘みたいに澄んだ瞳で。
「ああ、もう…ッ!」
なにもかもがどうでもいい。この人だけがいてくれればそれだけで。
それが毒に浮かされただけのうわごとでも。
押さえ込んできた飢えが暴れだして、この人を無茶苦茶にしても収まりそうにない。
突っ込んで鳴かせて喘がせて、ぐちゃぐちゃのどろどろになって、このまま溶けてしまえばいいのに。
後悔なんてきっと死ぬほどするだろう。
飢えて飢えて気が狂いそうだった所に、与えられた甘すぎる餌は、箍を外すには十分すぎる。
いっそこのままやり殺してしまいたい。
そんな欲すら湧いてくるほどに、夢中だった。
「カカシ、さ…」
だからこそ、かすみ始めた意識を、俺は喜んで手放した。
この人を殺さずに済んだことに安堵して。
*****
「あー?」
「…イルカ、せんせ?」
ほぼ同時に意識を取り戻したらしい。
不思議そうに天井を眺め、ついでにかすれた声に眉をしかめ、それから盛大に悲鳴を上げた。
「…ッいってー!?」
「ごめん!じっとしてて!」
記憶は消せても痛みは消せない。当たり前のはずのそれを忘れていた。
そもそも体力を使い果たすまで行為に没頭したせいで、俺の方も足元が怪しい。
後始末位、しっかりしてからつぶれれば良かったと、後悔した所で後の祭りだ。
「あ」
起き上がった俺を見て、いきなり真っ赤になった。
あー…ま、服着てないしね。全部を覚えてなくてもあんなことした後だし、この人まじめそうだし。
「寝ててください。お風呂入れてきます」
立てないだろうから、俺が洗うしかないだろう。ベッドも体もあの惨状だ。拭いただけって訳にはいかない。
嫌がられたらどうしようか。いっそ幻術でもかけるか?
「ま、まった!あのですね。俺、その」
「…巻き込んですみません。その、毒を」
「ああ、それで」
納得したって顔されるのも、それはそれで辛い。
任務ってことにして依頼書でも出してくるか。それから体が治った頃に記憶を消せば何とかできるかもしれない。
…血反吐を吐くような思いで吐き出した告白なんて、覚えていないほうがいい。
「すみませんでした」
「あ、いえ。そうでもなきゃアンタ絶対言わなかっただろうから、よかったです」
「は?」
「まあその、逆だとは思いませんでしたが、帰ってきたらあわよくばって考えてたのは俺の方だったんで」
照れたように鼻傷を掻くのを、呆然と眺めていた。
この人、今とんでもないこと言わなかった?
「ちょっとまって、どういうこと?」
「あはは!そんなに驚くことないでしょうが。そうですね…ほらこっち」
手招きなんかするから、引き寄せられるように顔を寄せた。
ぶつけるように強引に寄せられた唇は、触れるだけとはいえ確かに重なった。
「こういうことです」
「うそ」
「うそじゃないです。アンタ逃げ回るからどうしようかと思ったんですが、逃げられると追いたくなるでしょう。これはもうお誘いだと思うことにしたんです!」
何故か胸を張られたが、そのままよろよろとベッドに倒れこまれてそっちにも慌てた。
「…どういうこと」
「まだいいますか!もうアンタ俺のモノなんですから、黙ってとりあえず風呂入って飯食って寝て、これから一緒にいりゃあいいんですよ」
どうしよう。だってこの人は幸せにならなきゃいけない人なのに。
照れくさいんだからもう黙れとかぶつぶつ言ってるし。
「俺で、いいの?」
「よくなきゃ口説きませんが」
憮然とした顔もかわいくて男前でくらくらする。
「…いて、いっしょに。ずっと」
「さっさとそう言え。…好きですよ」
「ん」
くっついたらすぐさま腰が落ち着かなくなった。食い尽くそうと思ったのに、もったいなくてそんなことできない。
「ほら、風呂、入れてくれるんでしょう?」
そう言われた途端、愛しい人を抱き上げていた。
「わっ!ちょっまて!」
「歩けないでしょ?」
「うっ!まあそうなんですが!」
この人、俺のモノにしちゃっていいのかな。いいんだよね?
「綺麗にしたら、ご飯にしましょ?」
「…う、はい。お願いします…」
その真っ赤になった顔がかわいくて思わず喉が鳴った。
我慢できそうにないんだけど、食い尽くさないように気をつけなきゃ。
…もうこの人は俺のモノなんだから。

医療班には後日差し入れをしておいた。イルカ先生に触ったら殺すって忠告コミで。
…照れ屋で恥ずかしがり屋で、でもかなり大胆な性格の恋人には秘密で。


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適当。
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