二度目の告白(適当)


「ねぇイルカ。ちょっとだけ」
ちょっとだけって…ちょっとだけで済んだことなんて一度もない。信用できる言葉じゃなかったが、このクソガキは何度言ったってあきらめないことも分かっていた。
最初なんかもっと酷かったからな。ちょっとだけって言葉に、まあ状況が状況名だけに不安なんだろうと思いつつも書類仕事が片付かないから後でなと言ってやったら、諦めずにまとわりついてちょっかいかけてきやがって。
何をしでかそうとしてるのかも気づけずにかまってやってたら、いきなりヤられかけた。服なんか見事につるっと剥かれたし、尻に指突っ込もうとしやがったし、あの時は手が早いってのはこういうことかと、妙に冷静にそう思ったっけ。
拳骨食らわせてそういう行為にほいほい及ぶなとか、相手は選べとか、同意をきちんと得てからにしろとかそりゃもうさんざっぱら説教してやったばかりなのに、今日だってまるで懲りた様子じゃない。
ったくこのクソガキがあの人になったってのが信じられん。
冷静で、だが情に厚く、仲間を決して見捨てない。いつも優しいまなざしで俺を…里の仲間を見ている人が、若い頃はやんちゃってレベルじゃない程クソガキだったなんて驚きだ。
いくらやりたい盛りとはいえ、かわいい女性ならまだしも、同性で今のところは年上である俺を相手にこうもせっせとちょっかいかけられるのは流石にもうちょっと考えた方がいいだろうと言ってやりたくなる。まああの人も割りと変わった趣味ではあったけどなぁ。
「いいから寝ろ。任務明けだろ」
触ってくるところまでは放っておいてやれるが、服を脱がそうとしやがるからな。
他人の服をひっぱがすのが上手いのは、この年の頃にはすでに暗部になっていたからだろうか。
体そのものだけじゃなく、記憶の退行をも引き起こした術の正体の解析は、今のところはかばかしくないらしい。保護が必要なのは確実で、暗部姿で俺と同じくらいの体格をしたこの子どもが、それを自覚した上で傍若無人に振舞っているから、どうも気遣うことを忘れてしまう。
不安をぶつける相手が俺しかいないというこの状況がいけないんだろう。
っていっても若い女性だったらもっと悲惨なことになっていただろう事を考えると、俺で妥協してもらうほかない。
「いっしょにねよ?で、シよ?」
「うるせぇ。いいから寝ろ。それとそういう行為は好きになった人とだけするもんだ」
本人と同じくはねっかえりの激しい頭を撫で回してやると、気持ちよさそうに目を細めている。…なんつーか人との接触が恋しいだけなのかもしれんな。綱手様はお忙しい身の上だが、ああいう図太くてどーんっと受け止めてくれるタイプの女性がいればいいんだよな。ホントは。コイツがトチ狂っても鉄拳制裁で黙らせてくれるような。
ままならない事態にため息をついたら、妙にまっすぐな視線が目に飛び込んできた。
「…な、なんだ?どうした?」
「ん。好きなの。イルカが。一目ぼれなんだけど。好きでもないヤツに触らせたくないし、触りたくもないよ」
「へ?」
「あーうん。鈍いよね。そこも気に入ってるけど、そろそろ覚悟決めてよ」
「は?」
「既成事実。…俺が記憶なくしたのって、そのためなんじゃないの?」
「い、いやそれはありえないだろ!色々ありえないだろ!何言ってんだ!」
そういえば原因を聞いていない。てっきり敵と交戦中に、いつものように仲間でもかばったんだろうと思ったんだが、違うんじゃないか。もしかして。
…いや!このクソガキが勝手に己の欲望を抑制できな言い訳にしてるだけだ!きっと!
カカシさんはいい人だから、そんな理由で周りを振り回したりはしない。…はずだ。原料がこんな感じだと知ってから多少揺らぐ気持ちもあるが、まあ時々勢いあまってか、暴言吐くこともあったし、敵から俺をかばって死に掛けたりとか、俺相手だと時々暴走…うぅ…思い返してみれば色々微妙に思い当たる節が…!?
「好き」
その整った顔が間近に迫り、子どもと大人の中間くらいの思春期特有の声がとびっきりの甘さを帯びて耳に吹き込まれる。
「ね・ろ!」
「えー?ここでそうくるの!?」
「う、うるせぇ!顔とか声とかそんなんだけで人は好きにならん!元に戻って真意を聞くまで指一本ふれさせないからな!」
ちょっと、いや、大分危なかったことは棚に上げて説教しておく。このクソガキっぷりだと、こんなんじゃごまかされちゃくれないだろうが、今の俺には新たに降って湧いた問題が大きすぎて冷静になれなかった。
「あ。そんなんでいいの?」
「へ?」
煙が上がって輪郭がぼやける。これはあれだ。変化の術が解けたときの。
視界を妨げるものが散っていって、そこには見覚えのある人が立っていた。
「これなら、いい?」
「…今、変化したのか?」
解術したように見えたが、そのフリして変化ってことも十分ありうる。疑いの目で見る俺の手をとって、カカシさんの形をしたものが首筋に押し当てた。
「違います。ほら。触ってみて」
「おわ!素顔!」
「ん。そーですね。どう?」
「…ほんとにあれからあなたになるんですね…」
思春期ってすごいなと改めて思いつつ、そういや自分も大変なクソガキぶりだったことを思い返してほんの少しだけ反省した。こんな風に回りは巻き込まなかったけどな。
いやいや今はそれはおいといて。
「好きです」
「ッ!正気ですか!?」
「うん。正気。解ける術だけど最後のチャンスかなって思って、わざわざ介護人にあなたを指定するくらい本気」
「さ、さいご?」
それはあれか。振ったらここで終わるって事なのか?この人との関係が全部?
いきなり足場が消えてしまったような恐怖を感じて、息を呑んだ。さいご?最後って何だよ!
「我慢強くなったつもりだったんだけどねぇ?欲しくてたまらないご馳走が無防備にふらふらうろうろしてたら勢いあまっちゃうことってあるでしょ?」
「へ?」
「うん。だから選んで?このままシちゃう?それとも恋人から始めます?」
選択肢が少なすぎる。それに開き直った人はやっぱりあのクソガキそっくりでわがままで、それに甘ったるい声と視線で、どこか必死すぎるようにも見える。
「あ、の」
「あ、無理ならその手で掻き切ってくれてもいいよ?ここなら流石に一撃でいけるだろうし」
鼓動が触れている。頚動脈なら確かに一撃だろう。でも、そんなんじゃなくて。
「…勝手なこというんじゃねぇ」
「…うん」
途端に捨てられた犬みたいな顔なんかしやがるから、文句も言えないじゃないか。いや。言ってやるけどな!
「その、俺も好きです」
自覚したのはたった今だ。こんなにも放っておけないと思うのは、多分、いや確実に俺はこの人のことばかり考えていたせいだ。
この姿になってくれてから好きだといわれて、それでやっと気がついた。
二度も言われなきゃ気づかない俺も俺だが、この人も相当わがままなんだからしょうがないよな?
「うそ。ホントに?…ああもう好き」
いきなり飛び掛るように押し倒してきて、頬と頬とがこすりあわされる。アンタは犬かと笑ってやりたいが、その目の熱に危機感を覚えたから、釘を刺しておくことにする。
「でもいきなりなんてのは許しません!」
「ん。…鋭意努力します」
密着したあれこれのおかげで色々事情を察することもできたが…まだ、早い。そもそもどうやってやるのかもおぼろげにしか知らない。もっとちゃんと学習しておくべきだった…!
「さ、さあ寝ててください。俺はこれを…」
「てつだいまーす」
「ええ!?いえいいから!」
「ヤダ。一緒にいる」
…おかしい。戻っても同じ反応な気がする。あれか、盛大に猫をかぶってたのかもしかして。
「…寝なさい」
「嫌です」
埒が明かない。でもこの人は元に戻ってる。なら、いいよな?
「ほらこっち向く。ん」
「んっ!え?ちょっ!ええ!?」
口づけ一つで大騒ぎするとかかわいいな。この人。
まあ俺も自分が真っ赤になってる自覚はあるが。
「おやすみなさい」
「…覚えてなさいね?」
不穏な言葉を最後に寝室に消えて行った背中を見送って、手につかないことこの上ない書類を手に取った。
これを、片付けたら。とりあえずあの人に向き合う努力をしてみようか。
笑えるくらい舞い上がって震える手を自分で笑いながら、そう独り決めしておいた。


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適当。
寝室に入った途端食われたりして。

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