黒(適当)



だれが敵だったか忘れないようにしないと。
みんな今までと違うんだから。
父ちゃんがいて、母ちゃんがいて、皆笑ってたのと、全部が燃えて消えてしまった今じゃ違う。
なにもかもが、あの日に壊れてしまった。
今まで笑ってくれていた人が焼け焦げた俺の家を漁っていても、もう驚かない。
その人が俺に武器を向けても。…それからその人をためらいなく刺してしまった自分にも。
普通が普通じゃなくなるのが戦争で、だからそれを終わらせるためにいるんだと笑っていた金色の人も、あの日消えてしまったのだと聞いた。
だからなにもかもがおかしくなってしまったんだと思う。
いくら今まで笑ってくれていても、それが本当かどうかなんて分からない。
奪われそうになった父ちゃんの忍刀と、母ちゃんの指輪を握り締めて、少しだけ泣いた。
もう二度と油断なんかしないんだと心に誓って。
*****
腕を使えなくなった忍は、大抵の場合使い物にならない。
特殊な血統なら種馬か台雌代わりにされることはあるか。
だがどっちにしろもう二度と忍として認められることはない。
この、たかが成り立て下忍から遺品を盗み出そうとして、腕の腱を断たれたこの男も。
ま、それ以前に裏切り者って時点でイラナイモノだけどね。
「なんでだ!あんなガキが持っているより俺の方が!」
聞いてるだけで耳が腐りそうだ。
そのあんなガキ…成り立て下忍に一撃でやられるようなクズのどこにも利用価値なんてない。
通りかかったのはたまたまで、血を流しながら無様に転がる男と、全身を鋭い殺気で満たした子どもが視界に入ったからすぐに式を飛ばした。
疲弊しきった里で、警邏隊なんてまともに機能しちゃいない。
だから当然、馬鹿は捨てていくってことと、傷だらけの子どもを拾ったとだけ知らせておいた。
「…誰?」
警戒しているはずだ。それなのに妙に穏やかな瞳が気になった。
大声で泣いても喚いても叫んでも許されるだけの痛みを味わったばかりであるはずなのに、子どもは静かに涙を流しただけで、今はそれすらもひっこんでしまっている。
表情の読み取れない顔。
肉体的にはほぼ無傷でも、こんなガキが裏切りだのなんだのっていうのは…やっぱり良くないよね。そういうのにさらされ続けた俺がいうのもなんだけど。
「俺はカカシ。これは?」
「三軒隣の人…だった人。みんな壊れちゃったから」
そう言って、大事そうに懐にしまいこんだものは、なるほど、この子どもの失った誰かの遺品か。
そんなものにこんな状態のときに手を出すなんて、碌なヤツじゃないのは確実だ。復興まで処分を待っていたら、この子どもが何をされるか分からない。
「じゃ、いっか」
これはどこかで処分してしまおう。さっき三代目の所に式を飛ばしたから、あとは適当に部下にでも遊ばせてしまえばいい。鬱憤晴らしにはちょうどいい玩具になるだろう。
それから、コイツは…俺がもらっちゃおうか。
そのガキのことは良く知っていた。コイツの親が凄まじいイキモノだったからだ。
自分の子どものことだけは溺愛していたが、戦場に立つ二人は鬼神のようだとも悪夢のようだとも言われるほどで、息子の写真とやらを見せられてかわいいだろうと詰め寄られたときは、正直言って生きた心地がしなかった。
素質は間違いなくある。父親の方はこわもてのひげ面で方々に恐れられていたが、母親の方も笑顔で敵をなぎ払う苛烈さを持ち合わせていた。
それを混ぜるとこれになるんだと妙に納得した。
躊躇いのない一撃。無駄のないその一閃で、この下種は忍として使い物にならなくなった。
つまりはそれだけこの子どもは危険で、それからきっと育てれば強くなる。
「だれ」
「…アンタの親馬鹿な両親を知ってる」
「…」
無言だ。ま、顔見知りだからって、こうやって盗みを働くようなやつがいるんだから当然か。
この子は母親似なのかもしれない。冷静で静かに敵を処理する所が良く似ている。
「ねぇ。俺んち、くる?屋根はあるよ。飯は…俺は任務でいないことが多いから、自力でなんとかしてもらうけど」
「なにをすればいい?」
乗る気はあるらしい。でも警戒も捨てていない。…どっちかっていうと割り切ったって感じか。ほっとけないよねぇ?
「俺の分も洗濯とかして。あと忍犬がいるから世話手伝ってよ。髭魔王と魔女の息子ならそういうの得意でしょ?しょっちゅう自慢してた。パンツまでしわがないって」
「うん。できる」
「じゃ、いこ?」
警戒を解いてもらえるまでは長そうだけど、いいや。コイツなら。
強くなりそうってことは、里のためになるし。
…きれいな黒い瞳が欲しいと思ったから、それだけで。
握った手は細くて小さくて、折れてしまいそうだと思った。
*****
「育てる才能ありますよね。カカシさんは」
「はぁ?」
警戒心の塊だった俺を、適当に、だがしっかりと構い倒し、あっさりただの子どもに戻した。ついでにふらりと家に帰ってきては一緒に飯を食い、気まぐれに術を教えてくれた。
途中でちょっとした過ちをおかしつつも、なんだかんだと好きだったからいいかってことになったのは、ちょっとびっくりするだろうなぁ。父ちゃんも母ちゃんも。
ごめんな。多分俺が嫁さんだから、こどもってのは無理だと思う。でも幸せだから許して。
「世話好きだし」
「待ってよ!なんでそうなんの?」
実際すばらしく心の機微に敏感なこの人が育ててくれたお陰で、大雑把な俺も多少は気遣いができるようになった。まあ変なところずれてるのもうつったらしいんだけど。
意外に繊細な所があるしな。一緒に暮らしてれば多少は感化されるってもんだ。
「上忍師、似合ってます」
「そ、そう?イルカに言われるとちょっと嬉しいけど…何たくらんでるの?」
怯えた顔もいいよなーなんてこんなこと考えてるのバレたら怯えられそうなことを思う。
俺が外で元気いっぱいの朴念仁のふりができるのは、この人のお陰だ。
だって、この人はこれでいて健全で、エロ本なんか読んでる割には俺一筋で、だからまあ勢い余って無性にビビってる俺を襲いかけたりなんかしたけど、そのときには好きだったからそれはそれでいい。
ちょっとずれた感覚を、この人が怯えないように、喜んでくれるように努力した結果、こんな生き物になったんだから不思議なもんだ。
未だに他人を信じてなんかいない。この人以外は。
「たくらんでませんよ?ただ俺のなんで、ちょっとさみしーなーって」
「も、もう!かわいいこと言ったってなにもでないんだからね!」
ちょろい。…これで後はちょっと夜甘えてみせれば、きっといっぱいきもちよくしてくれるはずだ。
やりすぎて動けなくなっても困るが、明日は任務もアカデミーもないしな。
「カカシさんはかわいいですよね」
「あーもう!おまえが言うな!ほら、さっさとご飯食べなさいよ!」
「はーい」
全部きれいに食べたら、この人の隙をついてベッドに連れ込もう。
任務でなんかあったくせに隠そうとしてるのが気に食わないから、いっぱい煽って、白状したら入れさせてやってもいい。
「おいしい?野菜ちゃんと…」
「食べます!…あ、これうまい!」
「いっぱい食べてね」
うーん。子どもがらみかな。俺にこんな顔するってことは。
俺も子ども好きだけど、この人の方がずっと根が深いと思う。
俺以外の生き物を懐になんて入れて欲しくないから、ちゃんと警戒はしておかないと。
死んだか殺したかした誰かのために、俺の居場所を少しだって分けてやるつもりはないんだから。
「カカシさん。おかわり!」
「はいどーぞ」
うん。いい感じだ。こうやって笑ってて欲しい。いつだって。
「楽しみ」
「なによ。にやにやしちゃって。どうしたの?」
「ごはんがうまいなぁって!」
「イルカはお手軽だねぇ?ま、いいけど」
早くかわいい顔が見たい。俺に夢中になって、他のことなんてかんがえられないくらいに。
「俺のモノ」
誰よりも大切になってしまった人は、ほくそ笑む俺に気づかないのか、終始嬉しそうに飯を食わせてくれた。

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適当。
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