嗅ぐ犬(適当)



異常な音に驚いて目を覚ますと、どうやら側に何かが落ちて…いや、誰かが倒れているらしいことに気がついた。
野外でうっかり熟睡してしまった己を恥じつつ、倒れている人間の様子を観察した。
ぱっと見る限りでは、怪我らしい怪我はない。
薄く香るのは鉄錆と臓腑を切り裂いた生臭い…嗅ぎなれた匂い。
ごくわずかに散った赤黒い飛沫からして、戦闘があったのは間違いない。
一般人じゃないのは服装からしてすぐに分かった。
二の腕に刻まれた血の色の永久化粧は、間違いようもなく、この人が同じ里の仲間だということを教えてくれる。
「暗部、か」
急に頭がキンと冷えた気がした。
ここは街道から少し外れた山の中だ。
一般人が間違って入り込むような所じゃない。それに水場の確保も容易で、こうして一休みする場所も、木々が生い茂っているお陰でそんなに苦労せずに見つけることができる。おまけに里へ帰るならこのルートが最短だ。木の葉の人間ならこのルートを選ぶことは十分考えられた。
ただの夜盗程度の戦闘で借り出されるほど、この部隊は暇じゃないはずだ。
少なくともAランク以上の任務だろう。
それも一人とはいえ倒れるような戦闘がこの近くであったのなら、万が一残党でもいたら俺なんかひとたまりもない。
宿で休むほど余裕がなく一直線に帰るルートを選択したとしたら…。
悪い想像ばかりが頭をよぎる。
人一人庇いながら戦うには不利な状況だ。これだけ近くで検分しても、一度も目覚めないことも気になった。
タチの悪いなにかが仕込まれていたら、急がなきゃ間に合わなくなるかもしれない。
「失礼、します!」
担ぎ上げた体は自分より少しばかり大きい。重さは…まあ秋道一族の生徒と比べればたいしたことはないはずだ。
ぐったりと四肢を投げ出しているから移動しにくくはあるが。
仮眠は思った以上に体力を回復させてくれたから、予定外の荷物が重くても何とか里まで走れそうだ。
朝日が昇る前に、この森を抜けよう。
ただそれだけを考えて跳んだ。
*****
「チャクラ切れだったんですか…」
「あーはい」
お礼を言いたいと玄関先に見知らぬ男が現れたときには面食らったものだが、こうしてしょんぼりと頭を掻く姿を見ているとじわじわと安堵が胸を満たす。
間に合って、本当に良かった。
敵に怯えながら必死で走ったのは…敵はとっくに殲滅されていたらしいからまあ無駄だった訳だが、この人が早く暖かい寝床で眠れたのだと思えばなんてことはない。
「お茶でもどうぞ」
「え!いえ!お礼に伺っただけですから」
珍しく礼儀を弁えた上忍だ。暗部なんかにいるならもっと態度がでかくたって不思議じゃないのに。
まあそもそもそんな性格してたら、たまたま通りがかったから助けただけの中忍に、礼なんか言わないか。
なんとなく気分が良くて、男の遠慮などどこ吹く風でさっさと茶を出してやった。
…さりげなく三代目のお歳暮からおすそ分けされた高級品だ。
こういうのはこういうときに使わないとな。
「体調は、もういいんですか?…あの時、ずっと身動き一つしなかったので」
こう聞いたのは、背に負ったまま里についても、この人が一向に身じろぎ一つしなかったからだ。
報告も後回しにして病院に連れ込んで、機密まみれだからその後を知ることは出来ないとわかっていて、それでも不安だった。
…ついつい確かめたくなった。この人が本当に今元気なのかどうかを。
「あー…その、いいにおいがしてあったかいので動くのがめんどうになりまして」
「へ?」
「いや、普段ならちょっと休んで里に帰ってからぶったおれてたんですよ」
「は、はぁ」
まずぶっ倒れないようにしなさいというには、この人に与えられる任務は厳しすぎるんだろう。
それにしてもいいにおい…そんなものあったか?あの日は仮眠だけのつもりだったから飯なんて作ってない。
「いい匂いがしてふらふらってそっちに引き寄せられて、幸せそうに寝てるからつい力がぬけちゃったんですよねぇ」
しみじみと語られるあの日の事情。
今この人、変なこと言わなかったか?
「えーっと?まあ眠りこけてたのは事実ですが、にお、い?」
「いい匂いがします。今も」
神妙な顔で頷かれても反応に困る。いい匂いなんてするはずがない。忍の常として無臭を心がけているし、里でなら汗もかくがそれこそいい匂いなんてものからは程遠いだろう。
「…しませんね」
自分の匂いをかいで見ても、かすかに汗臭いと思う程度でとくにいい匂いなんてものはしない。
あの日香りの強い木の下でも通ったんだろうか。
「しますよ。今も」
妙に向きになったかと思うと、いつの間にか男の膝の上にいた。
うなじに埋められた頭のおかげで、ふわふわした髪の毛が首筋に当たってくすぐったい。
「ちょっ!なんですか急に!」
「だっていい匂いなんです!」
泣き出しそうな顔で主張するようなことだろうか。
…なんだかかわいそうになってきた。
「ま、まあ好き好きですしね。嗅ぐだけなら」
「ほ、ほんとですか!お願いしようと思ってたんですがやった!」
素直に喜ばれた。…なんていうか、変わった人だ。
「とりあえず飯食ってちゃんと体休めてくださいね」
「はぁい!」
元気な返事にため息をついて、出て行きそうにもないから晩飯でも食わせてやろうとしたくを始めた。
…飯のついでに俺まで食われて、ついでに体を休めると称して居座られてしまうなんて考えもしないで。


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てきとう。
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