胃袋で(適当)


食えるときに食っておくのが俺の流儀だ。
それがいくら気に食わない相手から貰ったものでも。
任務中は兵糧丸か、良くて保存食しか食べられないことが多い。
それは任務だから納得しているにしても、成長期にすきっ腹を抱えて唸る経験をしてしまたせいで、どうしても飢えというものの恐ろしさが強迫観念のように染み付いてしまったのだ。
食べ物の大事さを思い知ったというか、平時なら我慢しなくなったというか。
とにかく俺は美味そうなものがあったらとりあえず食うことしている。
もちろん安全そうならって注意書きがつくけどな。
それでなくてもこの所祝い事続きで、嬉しいながらもやや寂しかった懐事情のおかげで、碌なものを食べていなかった。
だからつい、殆ど知らない上忍から差し出されたその弁当箱を受け取ってしまったわけだ。
なにしろいい匂いがする。弁当箱自体はそっけない一般的な男性用のものだったが、中身からは確実に美味い食い物の気配が漂っていた。
自慢できることじゃないが、伊達に食い意地張ってるわけじゃないから、それはすぐにわかった。
問題は、こんなことをされる心当たりが欠片もなかったことだ。
「これ。食べて?」
アカデミー校舎の裏で申し訳程度の具が入った握り飯をあっという間に平らげてしまい、すきっ腹を抱えて空腹を紛らわせていたとき、いきなり美味そうな匂いのする風呂敷包みを突きつけられて、思わず腹がなった。
「え!い、いいんですか?」
俺の心は美味そうな食い物にきっちり躍らされており自分がこの人を苦手に思っていたことなんか頭の隅っこに行ってしまった。
「じゃ」
上忍は現れたときと同じくらい唐突に、弁当を置いて風のように消えた。
「なんだ???」
実はこの人が下忍たちの任務に遅刻を繰り返すことには文句の一つもあったんだが、とりあえず美味そうな飯には勝てない。
包みを開くと思わず溢れてきたつばを飲み込んだ。随分と豪勢だ。忍の常で毒の気配はチェックしてしまったものの、気づけば片っ端からがつがつ食っていた。
「うまい…!」
ほっと一息ついたときには、弁当箱は綺麗に殻になってしまっていた。
「洗って返さなきゃ」
至福のときを思い出して余韻に浸りつつ、あっという間になくなってしまった弁当箱を未練がましく見ていたら、にゅっと出てきた手がそれを攫っていった。
「どうでした?」
気づかなかったけど、もしかしてずっといたのなこの人。こういうすばやさがあるなら子どもたちを待たせなきゃいいのに。
一瞬そこまで考える余裕はあった。
ただし、頭の半分以上が美味かった飯で一杯だったから、出てきた言葉は当然お礼だったけど。
「へ?あ、ああ!そりゃもうとびっきり美味かったです!ごちそうさまでした!」
「そ?ならいいか」
それ以上聞かずに、上忍はまたもかき消えた。
「なんだったんだ?」
驚いて去っていった方向を見つめても誰の気配も残されておらず、釈然としないながらも俺は休み時間の終了を告げるベルに慌てて教室にもどったのだった。
*****
腹いっぱい食ったおかげで授業はつつがなく終了した。
腹減ってるってやっぱりよくないんだなぁ。
そんなことを思いながら家に入ると、そこには予想外の事態が起こっていた。
「あら、おかえりなさい」
上忍がいる。それにもっというなら俺んちのちゃぶ台の上にやたらと美味そうな飯が乗っている。散らかっていたはずの部屋は綺麗になってるし、部屋干ししといた服もみえなくなってるし、どうなってるんだこれは。
「あの?」
「家事はこんな感じなんだけど、どう?」
「どうって?どうってなんですか?なにがですか?」
ナニが起こっているのかさっぱりだが、どうしてこの人はこんなに真剣なんだろう。
「ああ、好きっていったことなかったっけ?家庭的な人がいいとか言ってたから」
さらっと言ったぞこの人。好きって、そんなこと言われるほど親しくない。
大体その話は何処で聞いたんだ。俺はこの人がいるところでそんな話をした覚えはない。仲間内でなら分かるけど。
「すごいですけど!気のせいってことは…!?」
「ないねぇ?」
そこで初めて、無表情だった男が笑った。そしてそのまま視界一杯に男の顔が広がって。
「んむ!?んんー!?」
「ごちそうさま。じゃ、よろしくね?」
押しかける気満々だったらしい上忍は胸がどきどきしそうなほど綺麗に笑った。
*****
俺は食い気に弱いってのは話したと思う。
多分俺は与えられるって行為にもとても弱い。俺を守ってくれる大切な人たちを失ったあの日からは特に。
お菓子を貰うのも好きだし、撫でられるのも褒められるのも大好きだ。
それを毎日嫌って程くれるこの人に落ちてしまったのは仕方がないことだと思う。
飯は美味いし時々セクハラされるけど何かと優しいし、思ったよりずっと俺の元生徒たちを大事に思ってくれてるのもしてしまった。
そうしたらもう、最初の警戒心なんて綺麗になくなってしまって、後に残ったのがこの男の欲しがっていた物だって辺り、もしかしなくても罠だったんだろうか。
「そろそろ、いいんじゃない?好きって言ってよ」
家に押しかけてきてから結構な頻度でそう語る男に、もうちょっとで俺はきっと。
「うぅぅ…!」
呻き声にすら嬉しそうな男にキスされながら、こういうのも胃袋で落とされたっていうんだろうかとか考えて、でもそれも全部這い上がる快感に押し流されてしまったから。
「ま、言わなくてももうあんた俺のだけど」
つまりは多分そういうことなのかもしれないと思った。


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適当。
眠い
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