あか(適当)


買い求めた一本の縄。
これでどうこうできると思っている訳じゃないが、手元にあるというだけで何となく落ち着くのが不思議だ。
「縛っちゃいたい、なんてな」
浮気相手が命懸けの任務なんて、下手な女よりタチが悪い。
死に急ぐ相手など絶対に選ばないつもりだったのに、この繋がりを絶つことなど考えられない程、男と俺は不可分だ。
だらしなく床にのさばる縄を弄び、嘆息した。
…どうせ男が俺にどうこうされることなど有り得ない。
赤子の手をひねるより簡単に、男は俺の命を奪うことが出来る。
それに…きっと男は、俺が縛ろうなどと望んでも、笑ってみているだけだろう。
俺が、あの傲慢で美しい生き物に心底溺れていると知っているから。
一時の幻さえ許さない男は、今どうしているだろう?
常に戦いの中に身を置き、痛みを隠すことに長けた男が、またどこかで傷ついていないだろうか。
いやそれとも…何でもなかったように笑っているだろうか。
こうして一人無様に惑うばかりの俺を。
「はやく、帰ってこい」
待つばかりでは、秋の風が冷たすぎる。
狭苦しい部屋が奇妙にすかすかして、余計なことばかり考えてしまいそうだ。
頑丈なロープで括りつけて、どこにもいけないようにできたら。
ありもしないことばかりを考えて、胸の奥に鈍い痛みを興す不安を誤魔化しても、それが消えることはない。
…あの男が帰るまでは。
*****
酷く冷え込んだ朝、帰還した男の手土産は、真っ赤なリボンが巻かれたカボチャだった。
甘い匂いが漂うソレは、任務先で買い求めたものらしい。歪な歯と睨みつけるような目が刻印されたそれからするりとリボンを取った男は、それをくるくると器用に巻き取って、俺の手のひらに投げてよこした。
「どうせならこっちで縛って?」
ニコニコと笑う男は、一体どこで何をみていたのやら。
だが、俺も。…そこに俺への執着をみて安堵するあたり、歪んでいる。
差し出す手首を赤く結んで、穏やかな笑みを浮かべる男の指先に噛み付いてやった。
繊細で緻密な動きで数多の術を繰り出すこれを、噛みちぎってしまえたら。
だが…そんなことなど出来はしない。
俺が捕らわれたのは、骨の髄まで忍の…この男なのだから。
苛立ちを隠すように指先を舐る。痕すら残せないと知ってか、男は笑うばかりだ。
「もっと俺を縛って?」
悪魔の微笑みで、男が俺の全てを飲み込む。
酷く鮮やかな赤いリボンで縛られた白い手首は、男に花でも咲かせたように美しい。
俺の初めて見たときのように、くすんで生臭い赤にまみれていなくても、男はこんなにも。
「物好き」
詰る言葉には妬心も混ざっていただろうか。
「そうねぇ…?ふふ…」
近づく唇を避けることなく受け入れて。
…どうせならこんな風に綺麗な赤だけに縛られてくれたらいいのにと思った。


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