「やっぱここいいねー」 猫のように伸びきった上忍が言う。 …狭い部屋に余りきった手足を投げ出して。 意や正確に言うと、コタツには入ってるんだ。一応。手だの足だのがはみ出しまくって邪魔だってだけで。 「いいのはわかりましたけど、いい加減家に帰りませんか…?」 受付でしょぼくれた上忍を見かけたのは一週間ほど前のことだったか。 目の下のくまは色濃く、ようやく立っているというのが分かるほどよろけながら歩く姿に思わず動揺した。 上忍が弱っている姿をみせることなど殆どない。 手負いの獣のように隠し、よっぽどのことがない限りは…見て分かるような負傷の仕方をしていなければ、見た目で分かることなどありえない話だ。 それなのに、格下の俺からそれを悟られるなんて。 …上忍が不調を気取られるということは、つまり普段は呼吸をするように自然にやっていることができないほど、普段どおり隠し切るだけの力さえ残っていないということだ。 「報告書…」 そういって震える手から差し出されたものは、かろうじて中身を読み取ることはできたが、筆跡はひどく乱れていて、俺の不安をさらに煽った。 挙句顔を上げればうつろな瞳で中空を見つめていて、そういえば受け答えも不明瞭だったと思えばもう。 放っておけるはずがないじゃないか。 このまま倒れて儚くなってしまいそうで恐ろしく、そのまま男を質問攻めにしていた。 「飯食いましたか?」 「え…どうだろ?そういやいつ…」 「寝てませんよね?」 「あー…?そういやそうか。ま、任務中だしね?」 「手、手が!?なんでこんな冷たいんですか!?」 「え?そ?」 「そ、じゃねぇだろうが!なにやってんです!」 もうだめだ。この人きっとこのまま置いて帰ったら死ぬ。 何故か俺はそう確信していた。 …タイミングよく交代時間を過ぎていたのも良かった。 子供たちの手が離れてから疎遠になっていたことなど忘れて、思わずそのまま引きずって帰ったのだ。 「味の保障はできませんが飯を食え。そんで寝てください!」 我が家の最高の暖房器具…買い換えたばかりですぐ温まるコタツに男を押し込み、酒のつまみレベルの手抜き料理と、炊きたての飯と大雑把に作った味噌汁を突きつけてやった。 ぽかんとした顔は一瞬で、不思議そうにコタツに収まってから、すぐさま今にも眠りそうな顔で天板になついていたが。 連れてこられるままに抵抗もせず…というのが本当に恐ろしかった。いつこの人倒れるんだろうと思うと心配で心配で、飯食ったら風呂に突っ込もうと独り決めして用意もした。 飯は俺も一緒にコタツに入ってもりもり食ってみせて、そうすると驚くほど男も良く食べてくれたので、少しばかり安堵して、その後は風呂にも放り込んで着替えも用意してやった。 「怪我してませんね?隠したら承知しませんよ!それからほら、ベッドお貸ししますから寝てください」 一応脱がせて確かめるのは諦めたんだが、そこは油断できない所だ。 上忍にはほんっとーにやたら必死になって負傷を隠す連中がいるのだ。 プライドなんかなら無駄だと切り捨てることもできるが、もう本能のレベルで隠すことを選ぶ連中には、こちらから怪我を疑うくらいじゃないといけない。 特にこの人みたいにガキの頃から戦場にいたタイプは油断大敵だ。相当の深手を負っても、こちらに悟らせてはくれないから。 …実は前歴もあるのだ。この人には。 ぱっくり腹を切られておきながら、そのまましれーっと受付を通過しようとしてそのまま捕縛されたとか、妙に急ぎたがると不審がっていたら、毒を食らったまま禄に治療もしていなかったとか。 風呂場から出てきた男は、ほかほかしていてご機嫌で、その質問にほにゃりと笑み崩れたのを覚えている。 …多分、あのとき自分は間違ったのだ。 「ここは、あったかいですね」 そういって俺の言葉など全て無視してコタツにもぐりこんだから、まだ寒いのかと思ったんだよなぁ…。 俺が風呂に入るのを見送って、それから俺が風呂から上がっても、男はまだそこに納まっていた。 というか、その日からそこが男の定位置になったとも言う。 飯を食わすのはいい。酒もなぜだか男が持ち込んでくれるからある意味助かってもいる。風呂を貸すのだって子供たちが遊びに来ればいつものことだ。 でもなぁ。家のど真ん中に居座るってのは正直困る。何が困るって慣れてきちまうからだ。 とはいえそれに気づいたのは最近なのだが。 今やコタツの主のようになった男の存在が当たり前になりすぎて、これはまずいと追い出しをかけたのに、すっかり毛艶がよくなった上忍はそれを拒んだ。 「ここあったかいから嫌です」 そういって、さも当然のように。 「あきらめちゃだめですよねー?何事も」 何が楽しいのか男が笑っている。こっちはこんなにも困っているというのに。 「そりゃそうかもしれませんが」 努力は尊いが、なんで俺の部屋に住み着くことにそんなにもがんばっちゃうんだ。この人は。 おかげで最近家に直帰してるんだよなぁ。大抵迎えに来るというか、俺が帰るまで受付なんかでごろごろしてるんだけど、勝手に一人で待ってることもあるから。 どうしたものか。こんな大きなイキモノを飼う予定などなかったのに。 お帰りなさいとコタツで笑う男がいる方が、一人で家に帰るよりずっと和む。 コタツがなくなったら帰っちゃうんだろうなと思うと涙ぐんでしまうほどに。 行きつけになりかけていた居酒屋からも足が遠のいている。 あそこの店員の娘はかわいくて気が利くし和むんだけどなぁ。でもうちの子…もとい、うちにカカシさんがいるからなぁ。なんでかしらないが、外食嫌がるし。上忍だからなのか? 寂しかったんだと突きつけられ、代わりに今だけのぬくもりを与えられる生活は、正直言って疲弊する。 「うー…」 それでもコタツはこんなときでも暖かい。腹が立つくらいに。 「撫でてください」 真顔でこんなことを言ってくるイキモノに好き勝手されすぎじゃないだろうか。 まあ撫でちまうんだけどな。やわらかいし本当に幸せそうにしてるし、アレだけ弱ってたのがつやつやしてるし。 「はぁ…」 にんまりと笑う男はとりあえずは冬の間は居座るだろう。 出てっても泣かないようにしないとな。 「今日はベッドで寝ようかなー」 「へ?ああまあいいですけど」 どうやら今日はコタツを譲ってくれるらしい。本当は風邪引きやすいしよくないんだけどなぁ。あったかいしまあいいか。 …結局は追い出せない自分に落ち込みつつ風呂に入った俺は、寝るの意味が違うことなど気づくはずもなかった。 風呂上りにそれこそ文字通り襲い掛かってきてベッドに連れ込んだイキモノが、随分前から俺のことを狙っていたらしいことにも。 ********************************************************************************* 適当。 居酒屋のお姉さんと結婚するって聞いて諦めようとして結局暴走した上忍とか。 ではではー!ご意見、ご感想などお気軽にどうぞー! |