愛とはどんなものかしら（適当）

「そろそろ愛が欲しいんですけど」
ここ数年付きまとってくる上忍に告げられて、驚いた。
出会ってすぐに何かと声をかけてきて、それから暇さえあればくっついてくるようになった。
鬱陶しく思わなかったといえばウソになる。なにせ飯を食いに行けば勝手についてくるし、家に勝手に上がりこむし、飯も集って行く。
いやその分食材持ち込んだり作ったりもしてくれるんだが。
問題は許可なく勝手に他人の家に上がりこむことなんだということをそれはもう一生懸命説明したものだが、今に至るまで何が問題かを理解した気配はない。
いや、多分俺の言っていることは分かってるんだ。
勝手に家に入るなとか、勝手に風呂沸かすな飯作るなベッドに入り込むなとかな。
ただだからってどうして俺の家に上がりこんで飯食っちゃいけないかっていう根本の部分がどうも理解できていない。
怒られてるのは分かっているのに、我慢が利かずに悪戯しちまう子供みたいなもんだ。
俺はそう認識していた。
忍に普通なんて無意味だしなぁ。分けても上忍には変わり者が多いってのはもはや常識だ。
受付なんてやってればその辺の覚悟はできている。
そんなわけで途中から俺は説得も説明も説教も諦めた。
根気強く、家に帰りなさいとか、仕事で疲れてるから遊べませんとか、その手のことは言い続けては来たけどな。
洗濯機が回るのを興味深げに延々と見つめてたりするから、一人で暮らすのが難しいのかもしれない。女にもモテるし、俺の家にいれば逃げやすいのかも。
理由はわからないが、とにかくでていかないのだから仕方がない。
…そうして気がつけばはや数年。
出会う切っ掛けになった子供たちはすでにこの人の手を離れ、居ついてしまった上忍との関係は複雑さを増した。
ただの知り合いとの同居。それも頼んでもいないのに同居。
諦めからとはいえ放置してきたツケが今来ているのかもしれない。
だいたい愛ってなんだ。そんなもの欲しがってるなんて知らなかった。
ちょっと抜けてる愛くるしいだけの愛玩犬を飼っている人はこんな感じなんだろうかなんて思ってたくらいなのに。
いやこの人は飯も作るし風呂も沸かすし掃除もするけど！
…あと勝手に人んちに武器仕込まないで欲しいよなぁ…。大掃除のときごろごろ出てきたんだ。ここ借家なんだから勘弁してくれよ。壊したら大家さんに迷惑かけるじゃないか！
ああいかん。思考が逸れた。こうやって逃げるからまずいって言うのに。
「あの、愛といわれましても」
視線が強すぎて、こののんびりやの癖に強引でわがままな上忍をはじめて怖いと思った。
三代目の前で派手にやりあったときも怖いなんて思わなかったのに。
…そういえば、この人は何がしたかったんだか聞いたことはなかったなぁ。
「んー？じゃ、さ。イルカ先生は、俺がいなくなったらどう思う？」
いなくなったら。
言われてみれば勝手に居ついてからずいぶん経つから、すぐにはそんなことを想像できない。
飯はこの人は任務でいないことが多いから自力で作れる。ただ自分の正面に座り込んで飯を食う人がいないとちょっと侘しいと感じてはいたか。あんなに細いのにもりもり食うんだよ。意外と。そんで変なとこで味にうるさい。てんぷら食おうとしたら怒るし。でもナスの味噌汁出したらあっさり機嫌が直った。意味が分からん。
洗濯はめんどくさいから一緒にしてるか。風呂はこの人カラスの行水だからあんまりかわらないな。
後はなんだ？けしからん本が減るから本棚に置けない巻物が収まる。でっかいベッドは勝手に増えてたけど、その分部屋が広くなる。
…ああ、そうか、この人一人分の隙間が増えるのか。この家に。
「さみしい、かも」
ふと零して驚いた。
空っぽの家に帰ることを想像するだけで涙が出そうだ。この人のせいで勝手に隙間が埋められて、そのせいで俺はいまこんなにも寂しい思いをしているのか。
恐ろしい。この人は長い時間をかけて、俺を変えてしまった。
「ならいいじゃない。ちょうだいよ。一言でいいんだから。それで全部手にはいるよ？」
天使の笑顔で悪魔のような男が笑っている。
…そのくせ手は震えているんだけどな。緊張してるところをみるなんて初めてかもしれない。
そうしたら、もう。
もうそれでいい気がした。
「アンタ全部先にくれましたもんね」
恐ろしく一方的な愛をたっぷりと。
ため息にちょっとだけ動揺した気配がする。これだけのことをしでかしといて、こういうところだけ馬鹿みたいに純情だ。
ああ、わかってるさ。もう手遅れだ。
「イルカ、先生」
「好きですよ」
この言葉くらい先に言ってやるさ。
それでアンタが手にはいるなら。
無言で強く抱きしめてきた男の背に手を回した。
…どうやら愛とやらが手にはいったらしい。

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適当。
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