恋心(適当)


酷く疲れていたのだと思う。
陽の長い時期だというのに、太陽など気配すら感じられないほど辺りは暗闇に沈んで、自分がどれほどの時間こうしているのかと思うとうんざりした。
朝っぱらから会議が2つ、それをこなして受付勤務についている最中、ついでにアカデミーでいたずら小僧が自分の仕掛けたトラップにひっかかって怪我までしてくれて、一旦戻って病院に駆けつけて説教してからまた受付にとんぼ返りして、さらに交代に来るはずの同僚が風邪に倒れてその穴を埋めることまで決定し…。
ここまで一日にごたごたが集中すると、何も考えられなくなるのだと知った。
戦場なら状況がいくら変わっても平気だし、それに対応する自信もある。
…自分が内勤の仕事を侮っていたのだと言われればそれまでの話だが、要するにここまでこじれるなんて想像もしてなかったってことだ。
ぼんやりと深夜の受付所に一人でいると、意識を保つのが難しくなってきた。
元々人がくることが稀な時間帯だ。
いつもならアカデミーの仕事を持ち込んで人が来ない間に片付ける位の頭は回るのだが、今回は急に決まったことと、自分に余裕がなかったせいで何も用意していない。
そうなると疲れた脳は勝手に眠りを運んできて、油断すると腰掛けたまま眠ってしまいそうになる。
…そういえばここ2,3日忙しくてまともに寝ていない。
大規模な任務のおかげで人手がまるで足りていないせいだ。
とはいえ、今週末までには片付くはずなのだ。
任務期間ほど宛てにならないものはないにしても、それほど長引くことはないだろう。
なにせ、隊長が違う。
会って話せばどこかぼんやりとしているようにすら感じられる人だが、その実力は折り紙つきだ。
「そろそろ帰ってこねぇかなぁ…」
帰ってきたら、酒を飲む約束をしていた。
俺とあの人の距離感は上司と部下というよりは、喧嘩した後友達になったアカデミー生同士のような関係だ。
少なくとも俺はそう思っている。
一度教育方針について派手にぶつかったことがあって、何故かそれ以降普通の上忍中忍以上に付き合いが深くなった。
喧嘩ってのは本音が見えるからなんだろうな。多分。
…あの人が意地っ張りで拗ねが入るととんでもない方向に向かうってことだけでも理解できてよかったと思う。
喧嘩した後非礼を詫びに行ったのに、何故か泣き付かれたんだっけ。
「なんで、あんなこと言うのよ」って。
自分の生徒とこの人は違うってことを言ったのが、ショックだったらしい。
泣き顔見てたら詫びるより慰めなきゃいけない気になって、酒でもって話にもってって一緒に酔いつぶれて以来、なんとなく一緒に過ごすことが増えた。
…いないと寂しいと思う位には。
明日はなんとか休みをもぎ取れた。だからこんな日は飲むに限るのに、帰っても一人だってことが空しくてたまらない。
会いたいと、そんな気持ちばかりが膨れ上がって。
「あーあ…」
 机につっぷしてため息をついたら、なんだか頭をわしわしと撫で回すものがあった。
「わぁ!?」
「ただいまー!イルカせんせ!あら、顔色悪い?」
「カカシさん!」
たった今会いたいと思っていた人が帰ってきた。それだけで眠気が吹き飛ぶんだから…われながら現金なもんだ。
「はい報告書。もうここ閉めるでしょ?」
そう言ってあごで示した時計は、確かにいつのまにか勤務終了時間の0時を回っている。
「お疲れ様です。この報告書の処理が終わったら閉めます。だから…って、なんでもないです!」
思わず誘おうとして踏みとどまった。相手は任務帰りだ。俺なんかよりずっと疲れているだろう。
俺に付き合わせるわけには行かない。
「えー?なになに?で、今日飲むでしょ?俺の家でいーい?」
「え!」
「なに?だめ?楽しみにしてたのに!」
俺の驚きに、断られるとでも思ったのか、途端に盛大に拗ねた男に俺の方が慌てた。
「駄目じゃないです!カカシさんが疲れてなければ」
「だって一緒にいたいじゃない?」
至極当然のことのように言うから、嬉しくなって照れ隠しに鼻傷を掻いた。
…そうだよなぁ。なんでだか知らないけど一緒にいたい。
今日あったこととか、会いたいなぁって思ってたこととか、色々話したいことがたくさんある。
それにこの人の話も聞きたい。怪我とかしてないかの確認が先だけど。
「へへ…!報告書はこれで大丈夫です。明日から…ってもう今日ですが、3日間の休暇があります。良かったですね!」
「そーね。イルカせんせは?」
「あ、俺も明日休みです」
だからこそ、一緒に飲めたらいいなぁなんて思ったんだが。
何故かカカシさんは複雑そうな顔で俺の手を握った。
「なんでかなぁ。そういう顔してくれるのに、俺の気持ちに気付いてくれないのは」
「へ?」
気持ち…なんだろ。ホントは任務関係でなにかあったのかな。
「ま、いーや。気長にね?とりあえずこれからきっちり付き合ってもらいますから」
「へへ!望むところです!」
これも酷い目にあったご褒美だと思おう。
カカシさんと飲めたのも仕事が降って湧いたおかげだし。
嬉しくて舞い上がって、どきどきして。
いそいそと帰り支度をする俺は、カカシさんの呟きを聞き損ねた。
「…今日はキスどまりかなー?」


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適当。
無自覚に恋をする人とか。
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