それはいびつな(適当)



殺すつもりだった。
一撃目をあっさり交わされ、続く二撃目に至ってはカウンターまで食らう始末。
実力差など分かりきったことだが、あまりにも鈍っていた自分にもため息が出る。
ぶつかり合うクナイは火花を散らし、その向こうでは必死さなど欠片も見せない男が楽しげに笑っている。
やはり毒か。
この男には幻術は効かない。
最強の瞳術使い相手に無駄なチャクラを消費しても、隙を作るだけだ。
懐にしまいこんだ毒粉を撒き散らし、距離を取った。
耐性の塊のようなこの男にも、多少は効果が出てくれることを期待して。
「ふぅん?こんなヌルイのでどうこうするつもり?」
中和剤を飲んでいるこっちがくらくらするほどの高濃度で散布した毒は、だがしかし思った以上に効果がなかったようだ。
奇襲に失敗した時点で勝負がついたも同然か。
既に体術で押され、術もカウンターを食らう可能性の方が高い。
八方塞のこの状況。
…楽しくて仕方がない。
久しぶりに己が忍であることを思い出せた気がした。
「こないの?」
じわじわと距離を詰める男は、身構えるでもなく余裕すら伺える。
瞳だけが狂気染みた興奮を宿して、このイキモノもまた忍なのだと教えてくれた。
無言で忍刀を抜いた。遣り合えるとしたらこれだけだ。
先立った友より随分と腕は劣る。とはいえ刀を苦手とする忍は多い。
この男がそうであるとは思えないとしても、やってみる価値はあるはずだ。
「こないなら…こっちから行くよ」
歌うような口調。
目を細め、にんまりと釣り上がった唇が口布越しにも分かる気がした。
ああ、この顔を久しぶりに見られただけでも僥倖だな。勝ち目がないならせめてそれ位の報酬があってもいいはずだ。
はじかれた刀が地につき刺さり、クナイが首筋に触れたのは、その見とれていた一瞬のことだった。
てっきりそのまま刎ねられて終わると思ったのに、一向にそれ以上動こうとしない。
尋問部にでも引き渡すつもりだろうか。
「ねぇ。コレが返事ってことでいいの?」
イルカせんせ。
あまりにも甘い声。
…息が止まるかと思った。
動揺は面に隠された顔にもでていたかもしれない。それから硬直した体にも。
だがこれ以上何も言うことはできない。俺は失敗した。待つ結論は一つだけだ。
「ま、いいや。…こういうえぐいことするとこも好きよ?」
男の手が頬を撫でる。急所に宛がわれた冷たいクナイをそのままに。
おあつらえ向きだ。
「さようなら」
クナイに向かって喉を押し当てることにためらいはなかった。
閉ざしていた口を開いたことにたいした理由はない。
死ねばどうせ面も割れる。それなら一言くらい別れを惜しんでもいいだろうと思っただけだ。
食い込む刃の感触が懐かしい。こんなにも戦いから遠ざかっていたのだと少しばかり感慨深く思った。
中途半端な己に似合いな、あまりにも予想通りの結末。
だが痛みはそれ以上訪れてくれず、代わりのように身動きが取れなくなった。
「ちょっと!ああもう!アンタ何度俺の前で死のうとするつもり!」
怒っているのは分かる。そして素晴らしい速さで縛められていることも。
「あ…?」
「もうアンタ寝てなさい。…オイタもかわいいけど、これは許せないからたっぷりおしおきしてあげる」
ああ、落ちる。
漆黒の闇はあまりにも居心地が良すぎて吐き気がした。
*****
「おはよ」
「あ…」
そうか。捕らえられて。
服を脱がされていることへの驚きはなかった。襲撃者を改めもせず放っておく馬鹿はいない。むしろあたたかな寝床に横たえられていることへの驚きの方が強かったほどだ。
「頭の中見ちゃったけどそれは諦めてよ?」
それも当然だ。自白剤よりも強力で便利な瞳があるから、きっと洗いざらい話してしまったことだろう。
この失態が許されるはずもない。
「それならご存知でしょう。どうぞ殺してください」
今度はどんな手を使われるか。
…今は、俺の意思だ。まだ。
次は人形にされるかそれとも消されるか…それすらも分からない。
「なんで好きな相手殺さなきゃいけないのよ。頭の悪い年寄りなんて蹴散らすから安心して」
どうやらこの口ぶりからすると、俺の気持ちさえもばれてしまったようだ。
そしてこの人はやはり上に立つ人だ。…なにもわかっちゃいない。
「いいえ。…俺を消してください」
中忍なんて。
しがらみだらけで何もかも失ったはずの俺でさえ守りたいものがある。
たとえば気のいい同僚を一人ずつ消していくなんてことを言われれば、あっさり死ねといっているような任務を引き受ける程度には。
「強情」
引き倒される。重みが心地いい。
「それが俺ですから」
触れる肌にぞくぞくした。ああ駄目だ。もう終わりにしなきゃいけないのに。
「そうね。…そこに惚れたんだし。でもねぇ。これは駄目でしょ。お仕置き」
首筋を指先がなぞる。もう血は止まっているようだ。思い切りが足らなかったのか浅かったらしい。
「しくじったなぁ…」
「そうね。アンタに怪我させちゃった」
悔しそうなのが不思議だ。
しくじったのは俺だ。この人に惚れて、この人の気持ちに気づいて、そしてそれを見抜かれた。
あの子どもは巣立った。利用価値のなくなった自分に、里の優秀な忍の種を浪費させたくなかったんだろう。
…まあどうでもいいか。もう。
奥歯の仕込み…も外されている。あとはどうしようか。俺もこの人も裸で何も身につけていない。舌は噛み切ってもこの人ならなんとかしてしまいそうだ。
「もう放っておいてくれませんか」
死に損なったと伝えて除名を願い出よう。忍でなくなるために手足を砕かれるくらいなんでもない。この人にみつからないようにする細工は里がしてくれるだろう。
諦めそうにもないこの人のせいでそれすらもあやういが、その内飽きる。それを待てばいいだけだ。
「だーめ。お仕置きっていったでしょ?とりあえずぐちゃぐちゃにしてあげるから、後のことは俺に任せちゃって?」
一回で飽きてくれるといい。…いやいっそ、四肢の自由も意思も奪ってくれてもいい。
欲しくてたまらないものを手に入れられるかもしれない幻想なんて、毒にしかならないだろう?
「ぐちゃぐちゃにしてください」
もういっそなにもかもわからなくなるくらいに。
強請る言葉に唇を吊り上げた男が愛おしい。
浅ましく男を強請るこの身が厭わしい。
「イルカせんせい」
名を呼ぶ声が永遠であればいいのにと、叶わない夢を願った。

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適当。
ねむい_Σ(:|3」 ∠)_
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