気の長い話(適当)

「ねぇねぇできた?」
キラキラした目は宝石みたいにかがやいている。いや、今まで目にしてきたどんな宝石よりも綺麗かもしれない。
「んー?あとちょっとかな?」
動揺はみせない。…ま、ちょっとくらいなら多分気付かないんだろうけど。
でも流石にちょっとね?
「早くできないかなぁ?」
「そーね?」
じーっとオーブンの中を覗き込んで、期待に満ちた声で、視線で俺を唆す。
「俺も、さ。こないだ初めてつくったんだ!」
「そうだろうね。あの惨状」
そもそも料理自体やったことがないんだから当たり前だけど、この間俺が見た光景ときたら悲惨の一言に尽きた。
飛び散る粉に、おっこちた卵は中身をでろりと垂れ流し、さらには何をどうやったのかそこらじゅうが水浸しになっていた。
ま、イルカがやったんだと思ったら、掃除だって苦にはならなかったけど。
「うっ!…やっぱり、酷いの?」
「ま、そうね」
がんばったのは知ってる。
完成品も台所の惨状さえ知らなければ、うみのさんたちだってよくがんばったって褒めてあげたくなっただろう。
とりあえずせっせと証拠隠滅を図った俺のせいで、まだ二人は息子の暴走を知らないみたいだけど。
「…そっか。父ちゃんと母ちゃんが帰ってきたらご飯つくってあげたかったんだ…」
「ご飯と味噌汁のほうは大丈夫じゃない?」
この間失敗したのは、無謀にもいきなりケーキなんてめんどくさいものに挑戦したせいだ。
疲れているときは甘いものがいいなんてアカデミーとやらで吹き込まれてきたイルカは、甘いものといえばケーキとしか思いつかなかったんだそうだ。
結果的にすさまじい惨状とそこそこの出来のケーキは俺たち二人っきりの秘密になったんだよね。
「え!ほんとか!」
「煮物は危なかったけど。ま、食べられないわけじゃないし」
愛しい人が作ってくれたんだ。芋が生だったくらい気にならない。
「へへ!ありがとな!所でさ。そういやなんでこないだおれんちにいたの?」
「…まあ、その辺は秘密」
流石に言えないよねぇ?
結界もトラップもたっぷりしかけられたこの家は、うみのさんたちがいなかったら二人っきりになるための密室にできる。
秘密の逢瀬にはもってこいだが、流石におおっぴらにはできない。
俺の本気を感じ取ったうみのさんが息子に近づけないようにあんなに必死になってくれてるのに、あっさり進入を許した挙句に最愛の息子といちゃついてるなんて知りたくもないだろうし。。
「えー!なんでだよ!」
「そうね。なんでいたかわかったら…」
流石に精通も怪しい状態でやっちゃうのはまだ早すぎるだろうけど、もうキスぐらいなら貰ってもいいよね?
本当は今すぐ全部俺のモノにしたいくらいだけど。
よこしまな視線に、イルカは気付きもしない。
「あー!わかった!父ちゃんと母ちゃんのお遣い!…ちがう?」
「そうね。はずれ」
「ちえっ!まあいいや。一緒に食ってってくれるだろ?」
「んー?ま、いいけど」
「へへ!よかった!」
「無防備っていうかなんていうか…。確かにあの二人の子供だね」
あけっぴろげな笑顔に零れた言葉に、頬を膨らませたいるかが文句を言ってきた。
「お前だってこどもじゃん!」
「まーね。もう中忍だけど」
ちょっと嫌味かなぁって思ったのに。
「えー!すげぇ!もう!かっけー!」
「…ま、今度おもしろい術でもみせてやるよ」
どこまでも素直すぎて毒気を抜かれた。…しょうがないねぇ?もうちょっとだけなら、まってあげてもいっか。
「ホントか!絶対だかんな!」
「はいはい。…惚れた弱みだし?」
「ほれた?」
きょとんとした顔して小首を傾げたイルカの唇を掠め取ってやった。
「その話はまた今度。ほら、焼けたからお皿もってきて」
「あ!うん!ありがとう!」
「どーいたしまして」
「お礼になんでも欲しいもの言えよな!俺のものだったらなんでもやるぜ!」
あーあ。うかつなこといっちゃって。
…お前が欲しいだなんて、そう簡単に言えないけど。
「…今度、ね?」
「おう!」
いつか、絶対に迎えに行くと決めて、俺はせっせと未来の花嫁のために働くことにしたのだった。


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適当。
気の長い作戦の話。
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