記念日(適当)


「飯食ってるところ悪いんですがね。ちょっときてもらえますか?」
食堂でようやっとありついた売れ残りのうどんを啜って、やっと空腹を満たし始めたばかりでも、その命を断ることはできなかった。
腕を引いた相手が里長だったからだ。
思わず自分の居場所を見回してしまったほど驚いた。間違いなくここは早い安い美味いが売りのいつもの食堂で、普段から上忍は…ガイ先生を除いては、殆ど来ることのない場所だ。そんな所に上忍…いや、里の頂点に立つ人がいるのは異常の一言に尽きる。
何でこの人ここにいるんだ?いやこの方が、か。
…火影様が執務室の外をみだりにうろうろするのはどうかと思うんだが。いや、別に昼飯の邪魔をされたからってわけじゃないぞ?
昔は…そりゃ飯を一緒に食ったことくらいはある関係だが、この人は今や里を支える長。
未だにエロ本片手にぼんやりしてることもあるが、少なくとも護衛もなしにうろちょろしていい人じゃない。
どうしても俺に急ぎの用があるなら、側仕えの忍か、護衛の暗部か、とにかく誰か人を使って呼びに来させればいいだけなのに、なんだってわざわざ当の本人がほこほここんなところをうろついているんだろう。
平和になったとはいえ、ここは人気がなさ過ぎる。万が一襲撃を受けたら、俺一人でこの人を守りきらなければならない。
もちろんこの人、いやこの方の方が、俺なんかよりもずっと強いんだけどな?
それでもこの人にはまず真っ先に逃げてもらうっていう大切な役目がある。
もしそんな事態になったら、俺はこの人を逃がしつつ、派手に物音とかチャクラ使って、まずは護衛の誰かに気付いてもらうしかないんじゃないだろうか。想像しただけでぞっとする。
…俺じゃ多分この人を守りきれない。
「すぐに伺いますが、護衛の暗部は!それに俺、いえ、私に命を下すなら、付き人の誰でもいいので…」
「ねぇ。ごはん、食べないの?」
「…お急ぎなんでしょう…?こんなモノ気にしなくていいんです。アン…いえ、貴方は里を統べる方なんですから」
アンタはといいそうになって慌てて言葉を飲み込んだ。もうそんな軽口を利ける関係じゃない。
相変わらず変なところで危なっかしい。…そんな僭越な考えを悟られたくはなかった。
「こんな時間ってことは、また誰かに捕まったんでしょ?いいから食べなさいよ」
「い、いえ。俺は大丈夫ですから!」
「じゃ、命令。食べて」
妙に据わった目でそう言い渡されたら、俺に否は許されない。それに、こういう顔をする時のこの人は、何があっても絶対に折れないと知ってしまっている。
ゆで立てだったうどんの熱に辟易しつつ、大慌てで掻き込んだ。
むせそうになっても、気合で押さえ込む。これ以上この人を刺激したくなかった。
「…ごちそうさまでした。お待たせしました。行きましょう」
「ん。おいで」
こんな時に不釣合いな言葉遣いに冷や汗をかきながら、誰も聞いていないことを密かに確かめた。万が一変な誤解をされたら終わりだ。それでなくても今は大事な時期なんだからな。
なにがあったか知らないが、この人は自分の影響力って物を知らなさすぎる。ため息を喉の奥に押し込めるのも一苦労だ。
今にも担がれて連れ去られそうだったさっきよりは、食ったばかりである事を配慮でもしてくれたのか、随分ゆっくりと歩いてくれている。むしろさっさと終わらせたいし、最悪でも護衛を連れて先に行ってもらいたい。
「…六代目、護衛の暗部はどこで待機してるんですか?俺も急いで向かいますからどうぞ先に執務室に…」
「チッ!」
…うーわー…おいおい。今舌打ちしたぞ?この人。ああもう!だからアンタこんな誰が聞いてるか分からない所で何やってんだ!俺に不満があるのはかまわないけど、他の人に聞かれたらどうすんだ!
なんなんだ。この人。
ここんとこずーっと俺を見ては不愉快そうな態度と顔をするから、極力寄り付かないようにしてたのに。決裁書類を運ぶときは仕方がないけど、それ以外では一切接触してないぞ?
ああくそ。泣きてぇ。俺のことなんて、ほとんど何にも知らないくせに。
…いや、もしかして知られてしまったのか。
「俺…いえ、私がご不快のようでしたら、里の外に出ましょうか?」
「は?」
鳩が豆鉄砲食らったような顔しやがって。なんなんだ。
だが少しだけ溜飲が下がった。アンタのが滅茶苦茶なまねしてるくせに、この程度の申し出でビビるなんてな。ざまぁみろ。
言われる前に消えてやる覚悟くらい、とっくの疾うにしてたんだよ。
「その件でいらっしゃったのでは?…決裁の都合上、どうしても執務室にお邪魔することがあり、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
気付けば俺も主任だもんな。どうしても直接火影様との交渉が必要になってきてた。
でも、もう潮時なのかもしれない。教師なら里にいなくても出来る。現に砂からも教員派遣の依頼が来てる。当然家族連れでの異動になるから、適任者が少なくて困ってたが、俺なら家族もいないし、里長からはよくわからんが敵意を向けられている。
今は直接教える機会も随分減ったし、手のかかる子どもたちだった連中も、もう立派な大人で、もうすぐ所帯を持ちそうなのもいるくらいだ。
一番気になっていたあの子も、もう一人で立てる。俺がここにいちゃいけない理由には納得し切れちゃいないが、俺がここにいなきゃいけない理由ももうなくなった。
まあ、もしかしたらって理由は分かってるんだ。
この人は最近しょっちゅう見合いにひっぱりだされていて、近いうちに誰かを娶るだろうってのが、もっぱらの話だ。
考えるだけで背筋が凍るが、言うつもりはなかった思いに気づかれていたのかもしれない。視線で追いかけてしまうことが時々はあったから。…だが言わなければ誰もそれを証明できない。紙や記録に残るものは何一つ残さなかったから、こうなりゃ一生口を噤んだまま、里を出るしかないだろう。
これからって時に、嫌いなやつから秋波送られたんじゃたまらないだろうから。
考えるだけで臓腑が抉られるより苦しかったが、腹を括ったことである意味ホッとした。
思い余って妙なことをしでかす前に、俺を切り離したいっていうなら…まあそれはお門違いだが、何をするつもりもなくても、好きになってしまった人を、不愉快になんてしたくないじゃないか。
「…なにいってんの?」
「先日許可をいただいた教員派遣についてですが、俺、いえ、私が行くのが一番かと。書類は…そうですね。暗部の方にお預けしてよければ」
「駄目」
「…では、直接伺いますが、その、顔をお見せしてしまうことになるので…」
「そうじゃなくて、なんでそうなるの?」
「ええとですね。家族ごとの移住になると、子どもがいる者は難しいですし、教職についたばかりの者では任務を全うできません。砂は気候も厳しいですし、あまり年かさの者でも…」
「そうじゃない!くそ…!」
かさを首にかけ、頭を乱暴にかき回して悪態を付く。こんな姿を他所に晒すなんてとんでもない。
感情的になった火影なんて、いくら情勢が安定してるからって言っても、公に晒していい訳がない。
「あ、その、六代目。詳細をお話したいので、ぜひ執務室へ…!」
「ん。そうね。そのつもりだったし」
これでやっと、外に漏れる心配がなくなるとホッとした。
…が、六代目はやっぱり六代目だった。というか、この人は昔からいざってときに無茶をする人なんだよな。
「…あ、の?」
「跳ぶ。つかまってて」
「わぁあ!?」
多分、俺が一目を気にしていたことを理解してくれたんだと思うんだが…人を担ぎ上げて移動するなんて、想像するわけないだろ。
みっともなく悲鳴を上げた俺の視線の先で、通りすがりの忍が目を丸くしていたのを見て、絶望に限りなく近いモノを味わっているうちに視界が歪み、執務室についていた。
…これ、時空間忍術だよな…。なんてチャクラの無駄遣いなんだ。
「着いたよ」
「…は、い」
うぅ気持ち悪い。自分の意思じゃない移動ってのがここまで不快になるもんだとは知らなかった。怪我人担いで逃げ回ったことならあるが、あの時の仲間に謝っといたほうがいいかもしれん。それともこの纏わりつく不快感と、酔い始めにも似た眩暈は時空間忍術の弊害なんだろうか?
「で、どうするの?出たい?」
「は、あ。その、適任ではあります」
本当はあと数人いることはいるんだが、大戦で恋人を失くしたばかりの人と、後は頑健だが少しばかり年が行き過ぎている人と、砂の里の忍とやり合って以来、毛嫌いしてるのもいて、実際問題として、総合的に見れば俺が行くのが一番だという理由は、それほど違和感なく受け入れられるはずだった。
「ふぅん?ま、決めるのは俺だしね」
「…はい」
ああ、顔がみたいな。…こんなんだから気付かれちまったんだろうが。
側にいるだけでも不愉快そうにしてる人にみせたくはないから、顔は上げられない。それにしてもここまで急ぐってことは、他に宛がいたい長期任務があったんだろうか。
「…タイムリミット、かな?」
「は?いえ、夏季休暇がはじまり次第での異動になる予定です。その前の任務ならもちろんお受けしま、す…?」
なんだ?地面が、ゆれる?襲撃かと全身に緊張が走る。守らなければと踏ん張って、慌ててあげた視線の先で、何故か六代目が輝かんばかりの笑顔を浮かべていた。
「最初から、こうすればよかった」
「え…?」
「…イルカせんせ」
すがり付いてきたイキモノは俺よりほんの少しだけ大きくて、その癖子どもみたいに必死になって、痛いほど抱き締めてくる。
「…ろくだいめ、だいじょうぶですか」
ろれつの回っていない間抜けなセリフの後追いするように、何かが唇を塞ぐ。焦点が合わないからそれが何かがわからない。わからないが肌に感じる吐息と、それからやわらかいこの感触。まさか、だよな。
「…余所余所しい態度で、見合い写真みても焦ってもくれないどころか、アンタホッとした顔したもんね。その後一人酒して泣いてさ」
「う、あ?」
「もういい。待たない。外になんか行かせるわけないでしょ?」
怒っているってことは分かった。それから悲しんでいることも。
だから慰めたくて慌てて動きの鈍った腕で頭を抱え込んだ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶです。おれが、あなたをまもるから」
「…ウソツキ」
頬に濡れた感触が走る。薄っすらと濁った視界の先で、大切で大切で、だからこそ諦めた人が泣きながら笑っている。
「カカシさん。泣かないでくださいよ」
しびれたように言うことを聞かない体じゃ、涙を拭うことすら叶わない。どうしようもなく焦りを感じて、もがいた。それすらも抱き締める腕のおかげでままならなかったが。
「やっと、名前呼んだ」
「…?かかしさん?」
「おいで。今日、アンタが俺を拒むなら、力づくでも手に入れるって決めてたの」
なんだろう。良く分からない。良くわからないが…少なくとも酷く楽しそうだってことだけは感じ取れた。
だから笑った。嬉しかったんだ。久しぶりに明るい表情のこの人をみることができたから。それも、こんな間近で。
とろとろと意識が溶けて行く。まあ、いいか。この人が苦しんでいないなら、それで。
何もかもが遠く遠く霞んで、側にある体温が気持ちよくて嬉しくて。
「かかし、さ、ん」
「うん。いいよ。眠って?…今は」
その言葉に何もかも許された気持ちになって、幸せな気分で意識を手放した。
「イルカ。もう逃がさないよ」
甘い声が俺の名を呼んでくれる。全身の骨が溶けそうなほどに幸せだった。
 

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適当。
どろどろした短期集中連載その1とか。
ニーズなさそうならここまでで。

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