昔の話(適当)

「昔の話ですよ」
浴衣が馬鹿に似合う恋人が笑った。
…明日には伴侶に変わるらしいが。実感はまるでわかない。
「それで、どうしたんですか」
唐突に切り出された話題は、話し方からして愉快なものじゃなさそうだ。
隠されないだけまだましか。
聞きたい。黙っていられるよりすっといい。
そもそも俺を伴侶になどと言う話を、10日ほど前まで聞いてもいなかった。
この人の中で自分の位置がわからない。わからないまま、気づけば随分長いことそばにいた。
結婚するのだという噂を聞いた時、だから俺は黙って受け入れることしかできなかった。
体を合わせることはした。
きっかけすらあいまいにしか覚えていないほど、随分長いこと一緒に過ごしてきた。
息をするように自然にそばにいた。…愛を囁くでもなく。
一度も言葉をもらったことも、与えたこともなかった。
好きだとも愛しているとも言わずにいた相手に、ここまで依存し執着している自分に気づいて愕然とした。
結婚するなんて話がなければ、この微温湯に浸ったような生ぬるい関係を、延々と続けていただろう。
そういう意味では良い切っ掛けだったかもしれない。
いつの間にか己がこの男に溺れていたなどと気づきたくはなかったとしても。
予想外の刺すような痛みをこらえながら、いつものように家に帰ってきた男に別れをつげるつもりが 、渡されたのは馬鹿に分厚い書類だった。
「結婚することになりました。急ですが明日までにこれを片付けて下さい」
婚姻許可証だのなんだのと言う、嬉しくもない文書が踊る紙に怒鳴ることもできなかった。
確かに事務作業は得意だ。だが、こんなものを情夫…になるんだろうな。俺は。
これから捨てるはずの俺に、わざわざそれを処理させる意味が分からなかった。
その中身を見るまでは。
うみのイルカの改姓届けに驚き、婚姻許可証なるものを見直すと、そこには俺の名前がでかでかと書き込まれていたのだ。
…この男のものと一緒に。
「これはどういうことですか」
そうきいたのは覚えている。
その場で言葉もなく押し倒されて、その答えは聞き損なったままなのだが。
結局また何もかもうやむやなまま今日を迎えてしまった。
だらしないにもほどがある。
要は惚れ過ぎていて、これが任務でもなんでもいいかと思ってしまったんだ。
形だけでもこの男を俺のものにできる誘惑に勝てなかった。
今更不実だと詰ることができるくらいなら、とっくにこの男を捨てているだろう。
それすらもどうやら叶いそうにないらしいが。
「ごめんなさい」
その台詞を言う口を、自分の唇で塞いでしまいたかった。
*****
「好きだったんです。ずっと」
「そうですか」
何をだろう。まさかここでいまさら俺がだなんて言い出さないだろうな。
これ程長い間閨すら共にしているというのに、睦言ですら一度も聞いたことがないのだから。
「それで、とりあえず体を。…そういえば最初からあなたは逆らわなかったなぁ。でもごめんなさい。自分があの時獣だった自覚はあるし、この間もそういえば説明する前にしちゃった…か」
そういえばそうだっただろうか。
いきなり押し倒された時にも、なるべくしてそうなったような気がして、当たり前のようにこの男を受け入れてしまった。それまで同性と寝たことなどなかったのに。
思えばその頃から惚れていたんだろう。我ながら鈍いにもほどがある。
「そう、ですね」
うかつなことはいえない。言って邪魔にされるくらいなら、このどこまで続くかわからない茶番が終わるまでは、側にいたい。
そのくせ、どうせ作り物の関係なら今すぐに終わらせたいとも思っているのだから、始末に終えない。
「我慢できなくてねぇ。ずっと側にいればほだされてくれるかと思ったのに、側にいるのが当たり前みたいに振舞いだすから戸惑いました。正直。…や、嬉しかったんですけどね」
「えーっと?はぁ」
「そうそう。そうやって、ね?俺の気持ちわかってるんだかわかってないんだか、読めないんだもん。俺にも」
これでも相手の先を読むのが得意なのに。
そういってしょげ返る男をとりあえず撫でてやった。
さて、どうしたものだろう。先ほどから俺の理解を超えることを言われている気がしてならないのだが。
「でもまるで家族みたいでしょう?それって。だったらいっそ正式に家族になっちゃえばいいやって。もっと早く気がつけばよかったですよねぇ?」
「あの、その。えーっと?」
「これで周りも牽制しやすくなるし。それに、あなたも…抱いたあと寂しげな顔なんてしなくなるでしょう?」
「そ、そうですか?」
そんな顔、した覚えはないんだが。
そもそもシたあとにまともに意識があったためしがない。朝方になって目覚めても、この男は眠っていることのほうが多かったはずなのに。
「でも、怖くなって。俺はあなたを自分だけのものにしたかったから、子も産めぬ伴侶を娶るなんてって煩い連中も振り払ってこうして許可も下りたけど。ま、子供うんぬんはどうとでもできるし?」
「あ、あの?」
「だから。今更だけど。…ねぇ。俺は今まで自分勝手してきました。でも上忍命令とかじゃなくて、あなたが欲しいんです。最初のことは何度だって謝るし、気が済むまで殴ってくれてもけってくれてもかまわない。忘れてくれなんていえないけどね」
「あ…」
跪いた男が俺の手を握った。
硬い何かが触れて、それはするりと自分の薬指に納まっていた。
「結婚してください…ま、嫌って言われても譲る気はないんですが」
語りだしたときと同じ位自然に、男はよどみなく話し切って、勝手にめちゃくちゃなことを言っている。
選択権は結局俺にはないんじゃないか。
苦笑しただけで、瞳を不安でいっぱいにしているのがおかしい。
そうだな。今すぐに抱きしめてやりたいと思うんだから、どうせ俺も同類だ。
「好きです。あんたが好きだ。でもずっと言えなくて」
「ん」
「だから、その…謹んでお受けいたします」
「ふふ。イルカ先生らしいんだからもう」
ありがとうと続けたあとに、結局また押し倒されて、縺れ込んで、お互いに言葉が足らないことを反省した。
男は堪え性がなく、俺は鈍すぎるんだろう。きっと。
「ま、それでもいいんじゃないですか?」
そういうの含めてお互い少しずつ何とかしていきましょうね?
そういって笑う男が愛おしい。
この幸運を手放さずにいられるように、俺もがんばらなくては。
「好きです」
とりあえず思いを伝えるのを躊躇しないようにしようとしたのだが、それを告げるたびにどこでも押し倒されるようになったので、加減ってものをお互い考えなくてはと思ったのだった。


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結婚式なので馬鹿ップル。
…まにあわなんでごめんなさい。゜。゜(ノД`)゜。゜。
ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ!

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