「風邪、引いちゃったみたい」 そういわれて驚いた。 覆面から僅かに覗く顔はうす赤く、しがみ付くというか寄りかかってきた体は確かに少し熱いかもしれない。 この人の平熱なんて知らないけど。 そんな情報すら機密になりそうな人ではあるが、だからこそなぜこんな時間にこんなことを言いに憩いの我が家の玄関口に現れたものか、想像もつかなかった。 「熱っぽい…か?水分取ってますか?」 額に手を当ててみれば想像以上に肌に伝わる温度が高い。 子供たちは案外としょっちゅう熱を出す生き物だが、この他里のビンゴブックにものるような高名な上忍が発熱。 …それこそ第一級の機密じゃないだろうか。 すりりっと額に頭を擦り付けて懐く姿は、まるで猫のようだ。 そしてこの人がこんな態度をとること自体おかしい。 なにせ面識といえば元生徒つながりで多少話をする程度。 むしろ一度とはいえ、公衆の面前で激しく言い争ったことすらある。 その人がわざわざ俺の家の前まできてぐんにゃりと俺に体重を預けている。 …ありえないにも程があるじゃないか。 「水分…水と、あと酒を」 「風邪ひいてんのに酒!?あんた馬鹿ですか!」 とっさに怒鳴りつけてからの俺の行動は早かった。 まず家に引っ張り込んで脚絆もサンダルも引っぺがした。ついでに客用布団を引っ張り出してきてそこに上忍を突っ込んだ。 そして突っ込んでから気がついた。 またやっちまった…! この人はどうも俺の神経を逆なでするというか…ついつい手を出したくなる行動が多すぎる。 さっさと追い出せばよかったのに、まんまと布団に収まった上忍は恐らく出て行く気などもうないだろう。 …というか、俺が無理だけど。 風邪引いて熱出してる人間を、いい年してるからとはいえ追い出せない。 「イルカせんせ。ありがと…」 弱弱しく俺の名を呼び、礼を言う。 そんな塩らしい態度をとられたら、心細かったんだろうかとか余計なことばかり考え付いて…ついつい世話をしたくなる。 「飯はうどんでいいですね?水分は…俺特製レモネード作ってあげます。のどにちょっと染みるかもしれませんがちゃんと飲まなきゃ駄目ですからね!」 だしはあるから飯は何とかすればいいとして、着替えもどうしたものか。 今は寝かせておいて、汗をかいたらすぐに着替えさせなければ。 用意するもので頭を一杯にしていた俺は、そもそもこの男がなぜ俺の家に来たのかなんてことを忘れた。 「風邪、引くのも悪くないかも」 そんな呟きも勿論聞こえたはずもなく。 …その後我が物顔で振舞うしっかり居ついてしまった男にお礼と称してとんでもない行為を仕掛けられるに到るのだが。 それはまた後日の話。 ********************************************************************************* 風邪は怖いという話。 さらに上忍が加わるともっと恐ろしいという…! ではではー!ご意見ご感想等御気軽にどうぞ! |