昔から綺麗な生き物が好きだ。 奈良家のしなやかに駆ける鹿や、犬塚の勇猛で研ぎ澄まされた牙を持つ犬、それからうちの近所のばあちゃんが飼っていたばあちゃんの話し相手から諜報までこなす忍猫。 俺も欲しいと駄々を捏ねては、世話が出来ないから駄目だといわれて泣いたっけ。 ある程度育ってからは、動物を飼うどころか自分が生きるだけでも精一杯で、そんなことはすっかり忘れていた。 任務中に忍犬や忍鳥に触れる機会はあったけど、自分のモノって感じじゃないからなぁ。 ペットショップに行っては動物たちを眺めて、無心に飯を食ったり、のんびり寝くたれてるのをみて癒されるのがせいぜいだった。それも顔を覚えられてしまってからは行っていない。 …まあよく考えたら当たり前だよなぁ…。 毎日のように忍の、それも図体のでかいもっさりした男が、ハムスターのケージに張り付いたりしてたんだもんな…。 ひまわりの種を頬張る姿や、腹を出して警戒心などまるでありませんといった顔で寝ているのを見るのは楽しかった。他にもやんちゃな子猫がころげながらガラス越しにじゃれ付いてきたり、むくむくの子犬に大歓迎されたりするうちに、店員に声を掛けられてしまった。 かわいいでしょういかがですか、なんて。…飼う気もないのに、あの子達にも失礼な真似を俺はしたんだ。 客観的にみたらそりゃとてつもなく迷惑だろうと、自分でも思ったから諦めた。 ああでも、寂しい。 忍犬使いの子がいた頃はまだよかった。主の許可を得ればなでさせてもらうことも出来るし、主人である少年にべったりだったとはいえ、割と人懐っこくて餌の時間になると遊んでくれたりもしたから。 最近はすっかり生き物と触れ合う機会を失って久しい。 俺がアカデミーにいたころはウサギを飼ってたりしたんだけどなぁ…。まあいなくなった理由には察しがついた。 食糧不足が深刻だったときに、眺めるためだけの生き物を飼っている余裕なんてなかったんだろう。 子どもたちなら思いっきり構い倒せる。それでいいじゃないか。よしんば俺になにかあったとしても、いずれは巣立って育って忘れてくれる。…俺がいないからって飢えてしんだりはしない。 子どもと獣を同列に扱うのもどうかと思ったが、自分を慰める理由が欲しかったからそうやって言い聞かせた。 この寂しさは本当は子どもでも獣でも埋められないと知りながら。 ある日、見つけてしまった。 いた。これだ。これが欲しい。 なんて綺麗で上等な獣なんだろう。…いや、一応は人であるはずなのだが。 やわらかそうな毛並みは銀色で、光をはじいて輝いているように見える。 大きいのも気に入った。小さい生き物ももちろん好きだが、抱き潰してしまいそうで恐ろしい。 だがこれなら。抱きしめても潰れたりしないだろう? 「はじめまして。うみのイルカと申します。こいつらの元担任で…」 「あー…どーも」 覇気の感じられない返事にも頬が緩んだ。面倒臭いと顔中に書いてあるのが分かる。 一目惚れなんて信じちゃいなかったのに、そんな素振りすら愛おしく思えるのだから人生というのは分からない物だ。 「一楽!」 「だまってなさいよ!イルカ先生!任務無事終了しました!」 「報告書」 かわいいかわいい教え子たちを引連れてやってきていたのに、それすらも一瞬思考の外に追いやってしまった。 おかげで恋は盲目というのは、どうやら本当だったらしいと知った。 「お疲れ様!よくがんばったな!」 全員の頭を順番になでて、一瞬だけ様子を伺うために視線をやった。 視線が俺の手を追っている。 興味がないって訳じゃなさそうだ。どちらかというとこれは…獲物を見る視線の鋭さだが、なんでもいい。 上手く煽れば俺の手の中に転がり込んできてくれるかもしれないってことの方が重要だ。 困ったことに誘い方がわからない。相手は同性でしかも格上。そしてイヤと言うほど女にモテる。 まあいいか。やるだけやってみればいい。そもそもが玉砕覚悟だ。当たって砕けてみるのも悪くないだろう。 そんなことくらいで諦められないだろうし? 「行きましょうか」 「え。ああ。はい」 「やったあ!いっちらく!いっちらくー!」 「イルカ先生…お財布大丈夫なの?」 「…チャーハンもつけていいか?」 どうにもあけすけすぎる子どもたちを叱ったり宥めたりしながら受付を出た。 とにかく構い倒させてもらって、隙を見てなんとかしようと決意して。 …野生の獣は予想以上に手が早くて、こっちがだまし討ちする前に食われてしまうなんて思いもせずに。 ******************************************************************************** 適当。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |