おいしくたべて?(適当)




音を立てながら物を食うなんて、任務中には出来ない。
だからそれは俺にとってとてつもなく贅沢に感じる行為だった。
兵糧丸でさえ音も立てずにさっさと飲み下すような生活を送ってきて、里に帰ってからもなんとなく音を立てずに飯を食うのが習慣になり、面どころか口布まで付けたままで一瞬で食い物を消費することができるようになったころには、普通の人間がどうやって食事をするかなんてことはすっかり忘れていた。
「っぷっはー!うめぇ!」
ずずっと凄まじい音と共に一気に麺を啜りこんだ男は、幸せそうにスープもふーふーずるずると随分と派手な音を立てて飲んでいる。
熱い液体ってそういやこうやって飲む物だったっけね。そもそも熱のある食べ物を口にする機会が極端に少なくて、そのおかげで未だに猫舌気味だ。熱いと毒が回りやすいし、味も分かり難いし、依頼人がわざわざ忍に飯を寄越すような任務についたことなんて殆どないんだから仕方がない。
好物の秋刀魚だって、焼き立てよりはちょっと時間がたって食べやすくなった頃にさっさと解体して骨を除いてから一気に食う。
おかげでとてつもなく贅沢な食事を見ているような気がしてきた。
もちろんただのラーメンだ。チャーシューを追加してはいたが、それは全部側にいる子どもたちに分配され、結果的に普通のラーメンとそうたいして変わらないくらいの量しか乗っていない。
護衛や暗殺で、こんなものよりよほど豪勢な料理を見飽きるほどに見てきたはずなのに、どうしてか目の前で見る見るうちに減っていくたった一杯のラーメンの方が美味そうにみえる。
食っている姿に必死ささえ感じるほどの勢いだからか、それともまさに至福とばかりに目を細めてそれはもう美味そうに食っているからなのか。
分からないが美味そうに見えるのがラーメンだけじゃないのが一番の問題点かもしれない。
どうしようね?だってこの人里の人だし、男だし。
美味そうだからって食ったら大事になるのは分かりきっている。
「美味しそうですねぇ?」
「へへー!美味いですよ!カカシ先生ももっと召し上がっ…あれ?も、もう食ったんですか?お代わりは?」
さも当然のように替え玉を頼む男に釣られて頷いたら、俺の分まで頼んでくれた。
ガキ共は言わずもがな。ダイエット中だというサクラ以外はガツガツ遠慮なく食っている。
子どもは、こんなもんだよな?食事をするときに周りの気配を探ったりするのは普通しない…んだよな?だからそれはまあいいとして。
違和感を覚えるのはこの男だ。中忍で、戦歴もとびっきりってほどじゃないがそこそこ優秀で、しかも機転が利く。開けっぴろげすぎるのは心配だけど。
なによりその人間性だ。体を張って本気で部下を守れる忍なんて、案外少ないもんだ。忍ったって人間だしねぇ?それを…しかもこんな訳有のガキ共にまで惜しげなく与えるとは。
おこぼれが欲しくなったのか。俺は。
…溢れかえってるからって、俺にまで来るとは限らないでしょ?
いっちょあがりと威勢のいい声にあわせてぽちゃんと麺が落ちる。
すかさず口をつける男に習って、俺も今度は心持ちゆっくりそれを口に運んだ。それでもガキ共に顔をみせるなんてヘマはしなかったが。
「美味い」
「そうでしょうそうでしょう!へへ!」
作ったのはあんたじゃないでしょうに。そんなにも誇らしげにされるとなんだろうね。
嗜虐心めいたものまで湧いてくる。
食われたくなんてないんだろうに、これは無意識なんだろうに。
哀れな獲物が自分が美味いと声高に叫んで、自ら進んで喉を晒しているようにさえ思えてきた。
「春のせい?」
「それがですね…!一年中美味いんです。ええ」
ラーメン如きに真剣だ。そこまで力を入れて主張するだけあって、確かに美味い。
それを食うこの男もきっと美味いだろうなと考えて、冷静にどうやってどこに引きずり込んで貪ろうかと算段し始めている自分がいる。
どうしちゃったのかねぇ。俺は。
かみ合わない会話などどこ吹く風で、顔中口にして飯をかっ込むガキ共と、そのうちの一人に熱い視線を送り続ける小さくても女な生き物を眺めながら、一人呟く。
獲物じゃない。これは違う。…俺に与えられるはずのないものだ。
開けっぴろげで無防備なのは、里の中で安穏と過ごすことを許された生き物だからで、禁猟区で長々と暢気に寝そべっている小鹿がどんなに美味そうでも手をつけてはいけない。
「ごちそうさん」
「ごちそうさま!お前らちゃんと口拭いたか?ちゃんと二人でサクラを送ってけよ?」
「あたぼうだってばよ!」
「わかった」
「い、いいの?サスケ君…!うれしい!」
「さーって!いくってばよ!サクラちゃん!」
「行きましょ!サスケ君!ナルトもおくれんじゃないわよ!」
「おう!」
「ふん」
わいわい騒ぎながら遠ざかっていくのを他人事のように見送り、帰りましょうかと笑う男の手をとった。
「イルカ先生」
「はい?なんですか?」
にこにこ笑って、こんなケダモノに手を取られて逃げられなくなったというのにそれに気付いてさえいない。
さて、どうしようか。
「お疲れでしょうから銭湯なんてどうです?」
「え?」
「あ、刺青あっても入れるんですよ?個室もあるんです!すごいでしょう!」
「すごいですね」
その発想が。なんて言ったら怒るか、それともさらに銭湯の良さでも語られてしまうんだろうか。
さすが意外性ナンバーワン忍者の師だっただけある。予想がつかない行動に振り回されるというよりこれは…もはや楽しむしかないだろう?
「じゃあ行きましょう!」
「はーい」
脱いでるとこに個室なんてどうしようね?獲物が自分から飛び込んできたら…それは食ってもいいはずだ。
にかっと笑うどこまでも邪気のない生き物。
その手を握って引かれる感触を楽しんだ。
さて。あとはもうなりゆきのまま、食うか、それともこの男は…もっと俺を驚かせてくれるだろうか。
「楽しみですねぇ!」
「そーですね」
かみ合わない会話を楽しんだ。
この牙をその喉笛に食い込ませた瞬間に、この男はどんな顔をするだろう?
「カカシ先生。カカシさん」
「はい?」
「へへ!楽しみだなぁ!」
えらく楽しげに笑う男が、自分から俺に食われたがっていたのだと知るのは、後ほんの少しだけ先の話。

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適当。
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