おっこちていたもの(適当)


温泉めぐりは一楽のラーメンと並んで、俺の人生で非常に重要な位置を占めている。
休暇が取れたら修行がてらに温泉を、それも隠し湯を渡り歩く。
もちろん任務に支障なんか出したことはないし、何が何でも温泉!なんて真似はしない。状況によっては休暇返上なんてよくあることだしな。
その日はそうやって任務や三代目に泣きつかれて手伝っていた書庫の整理で潰れ続けていた休暇が、久々に丸々二日も取れて舞い上がっていた。
前日に帰宅してすぐ溜まった洗濯と掃除は済ませてある。って言っても元々そう沢山物がある訳じゃないから掃除なんてあっという間だったけどな。
やらなきゃいけない雑事は久々の休暇という楽園が待っていると思えばそう苦でもない。寝て起きたら完全自由な時間がたっぷりまってるんだもんな!
そうなったら当然やることなんて決まってる。喜び勇んで温泉に行く仕度を手早く整え、今日はどこに行こうかわくわくしながら地図を眺めつつ、しばし悩むのも楽しかった。
結果、今日は近場で済ませる代わりにたっぷり温泉に入り倒すことにして、木の葉の里二ほど近い山の中で勝手に沸いてるのを俺がこっそり整備した所に行くことにした。整備って言っても落ち葉をすくう網を持ち込んだとか、側に掘っ立て小屋を作ったとかその程度のことだが、修行がてらに久々に山で寝るのもいいかも知れない。
なにせ指折り数えてみれば二月ほどまともな休みを取っていない。ちょっとくらい堪能したってバチは当たらないだろう。鼻歌混じりに着替えなんかを詰め込んだ背嚢を担ぎあげ、ボロいながらも楽しい我が家を飛び出した訳だ。
今日の天候はありがたいことに晴天。それも気持ちのいい雲ひとつない青空が広がっている。
空を眺めながら飲む酒は格別だ。当然荷物にも詰め込んである。ついでに一泊するつもりだから、いつもの掘っ立て小屋でも十分腹を満たせるようにちょっとした携帯食料と、カップラーメンも持ってきた。兵糧丸でもいいんだけど、流石に味気ないからな。
念のための医療器具も突っ込んである。修行中にちょっと怪我した程度で帰ることになるのももったいないからきちんと対策した。
温泉に浸かって修行して一泊して、帰りはもちろん一楽でラーメンを食うつもりだ。
なんて最高の休日なんだろう。にんまりしながら外出許可証を見せて大門を通り抜ける。門番がまた温泉かよ好きだねーとか余計なことを言ってきたことも気にはならなかった。
ただひたすらに目的地を目指して歩き、頃合を見て樹上を走りだした。幼い頃、両親に連れられて行った温泉が切っ掛けではあったが、我ながら火の国の温泉に関しては誰よりも詳しい自信がある。
多分、最初は両親がいたころが懐かしかったのと、両親が恋しかったのもあると思う。あとはまあ、俺は多分凝り性なんだよな。下忍の頃から収集した温泉情報は、一冊の、それも相当分厚い本にできるほどだ。誰にも教えてないけどな。興味を持ってくれる知り合いがいないからだけど。
「あとちょっと…!」
もうちょっとで俺の至福の空間に手が届く。ほらもう温泉の匂いが…ん?ちょっと待て。
「血の匂い…!?」
慌てて気配を探る。外に出る時の習い性で自分の気配は消していた。…ま、まあちょっと鼻歌は歌っちまってたけど。
恐ろしいほどに気配が感じられない。感じるのは流されたばかりの血の匂いだけで、それを辿ってそろそろと近づくと、人間が落ちていた。それも暗部だ。そして刺青は木の葉。そこまで確認したらやることなんて決まっていた。
「大丈夫ですか!」
「ん、え?アンタ、誰?」
それはこっちの台詞だっていうのは何とか飲み込んだ。明らかに意識が朦朧としている。傷を確認したいんだけど、いきなり切り捨てられたりしないよなぁ?あと面も取りたい。毒だったら吐いた息の匂いと顔を見ればある程度分かるんだけどな。
「木の葉の中忍です。うみのイルカ。ッてアンタそんな場合か!怪我は!」
「怪我は、どうだろ。たいしたことないと思う」
「は?じゃあなんでぶっ倒れてんですか?ウソいうな!」
大体曖昧な返事しやがって!黒くて目立たないだけで濃厚な血臭が漂うこの状況で、大したことないだなんて思えなかった。
「チャクラ、ぎれ」
「え?わー!?おいこら!面とってもいいんですか?」
「すきに、してよ」
ぐったりした男は慌てて支えた俺にそのまま倒れ込んできて、服は血まみれだわ男はさっさと意識を手放したみたいだわで頭を抱えたくなった。
「しょうがねえ。運ぶか」
ここなら里より温泉のが近い。脱がせて洗うなら出血してないならお湯の方がいいに決まってる。
…折角苦労して歩いてきたからには一瞬でも温泉に入りたいとか、そういうわけじゃないぞ?いやちょっとは思ったけど。
血なまぐさい大荷物になった男を担いで温泉に連れて行くのは一苦労だった。俺よりちょっとでかい上に、意識がないから重い。好きにしてって言ってたからいいよなーって遠慮なくひん剥いて怪我は確かに浅いものばかりなのを確かめた。
「おお…?」
顔を見て思わず変な声がでた。美形だ。意識がないのもあってか、作り物のように美しい。
って顔眺めてたってしょうがない。毒だ毒。顔を近づけて呼気の匂いを嗅いだ。…うん。大丈夫そうだな。
「なに…やるの?ちゅーくらいならいいけどそれ以上するならころ」
「毒はなし。匂いがしないヤツだとわかんねぇけど、呼吸も正常で顔色からして大丈夫そうだし、アンタ、温泉平気ですか?」
「は?」
「洗い場は石敷いただけなんだよな…石鹸も水に還るやつしかないけどいいよな?」
「え?」
「服は俺ので我慢してください。パンツ二枚持ってきといて良かった!」
「え。ああ別にいいんだけど。なに、え?」
「飯はカップラーメンと干した飯で雑炊もどきです」
「なんなの…?」
うーん?説明すんのめんどくせぇ。表情があった方がきれいだな。この人。
温泉は目の前だ。石鹸は痕跡を残さない戦場用のやつをちゃんと持ってきてるからそれを使おう。あんまり綺麗に落ちないんだけどな。とりあえず洗っといた方がいいだろう。洗濯もしなきゃいけないし、忙しくなりそうだ。
「とりあえず洗っちまうから目を閉じてなさい」
「ええと。アンタ暗部相手に根性あるね?」
「よく言われます」
減らず口叩けるなら大丈夫だろう。洗って飯食わせて、残念だけど今日はそれで帰らなきゃならない。
くっそう!あきらめねぇぞ!せめて一楽のラーメンは!
決意を新たにせっせと男を洗うことに専念していた俺は気付かなかった。
拾ったばかりのイキモノが、俺に一目惚れなんて物をしてるなんてことに。



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適当。
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