「疲れたー」 いつもはこんな風に突然抱きついたら鬱陶しそうに振り払われるのに、振り下ろされる拳を待っていた頭をわしわしとなでられた。 結構大雑把なイルカらしく割と乱暴だからちょっと痛いくらいだけど、予想外に優しくされちゃうと涙がでそうだ。 でもそんなことしたらイルカの顔が良く見えなくなっちゃうから、泣いてなんかいられないけどね? 「お疲れ様です。ラーメン食って帰りますよ」 「はーい」 ここでえーまたラーメンー?なんてことは言わない。たとえ一昨日出かける寸前に見かけたこの人が、チャーシューと煮卵追加した大盛りラーメンを食ってたのをみていても、だ。 俺がいないとご飯作んないのよね…。あんまり家開けるとカップラーメンか一楽なんだもん。いつか体壊しちゃうんじゃないかって心配ではある。 ま、でも今はいいや。だって折角一緒に飯食ってくれるんだもん。こんなチャンス無駄にできない。 「アンタはえーっと。野菜たっぷりたんめんでいいですね?」 「うん」 「俺はみそとんこつ!もやし追加で!」 「あいよ!」 あー久しぶりに食べ物の匂いーって感じ。 携帯食は味気ない。なんて当たり前のことを教えてくれたのもこの人だ。 チャクラ切れ起こして山の中でもうここまでかなーなんてちょっとホッとしてたところに、山奥の勝手に湧いてる温泉に行こうとしてたこの人が通りがかかって拾ってくれるまで、携帯食しか食わない生活なんて当たり前だったもんね。 飯の作り方は知ってた。むしろ温泉とラーメンのために色々切り詰めてるこの人よりずっと詳しかった。 でも、拾ってもらって、寝かせてもらって、炊き立ての飯とさんまと味噌汁だけの飯だったけど食事も用意してもらって、ぶっきらぼうに、でもすごく心配そうにしてもらったらそこはもう天国に思えて。 こっそり居つこうとしたことを割と鈍いこの人は気付かないでくれた。 そうしてうやむやのうちに通ってくる野良猫くらいの地位には上り詰めたと自認してるんだけど。 「チャクラは…ああまだあるな?毛ヅヤ悪くなっちまって…しっかり食えよ?」 この扱いはもう完璧にペットだよねー。ゆくゆくは突っ込んで喘がせて縋らせちゃう関係になりたいのに。 「うん」 でもとりあえずは意外と寂しがり屋のこの人の懐にもっとしっかり潜り込むまでは耐えなくちゃね。 「…なにがあったかは聞かない。でもな。…俺が側にいてやるから」 何でそんなに優しいの?俺は大丈夫なのに。 …ただ、子どもを殺しただけだ。親が不貞を犯したってだけで、本人には何の罪もない子を。生まれた子を捨てて、でも優しい養い親に拾われて幸せに暮らしていたのに。 国のためには必要だからと依頼されたら、それは絶対だ。 せめて苦しませないように一瞬で終わらせた。眠るように命を絶つ毒で。 だから血なまぐささもない。返り血なんかの痕跡も少しも残っていないはずなのに。 何で分かるの?どうして大事にしてくれるの?…俺のことなんかペットくらいに思ってるくせに。 闇雲な怒りは唸り声になって、それからかすかな嗚咽に変わった。 その手が悪い。全部、大きくてあったかくてそれに優しすぎるその手のせいだ。 「子どもじゃないよ」 「うるせぇ。いいからラーメン食え。元気出るぞ?…今日のはちょっとしょっぱいかもしれないけどな?」 にかっと笑った顔をもっとよく見たかったから涙を拭って、もう泣かないと誓った。 タイミングよくおかれたどんぶりの中身は確かに美味そうで、また泣きそうになったけどね。 「おいしーよ。だってイルカが奢ってくれるんでしょ?」 「高給取りに奢ってやるんだから感謝しろよ?そんで食ったらしっかり寝ろ」 「…いっしょにねてくれる?」 「あー?狭いだろ?疲れが取れないぞ?」 「やだ。一緒に寝る」 「あーもーしょうがねぇな!伸びるからとりあえず食うぞ!後布団取っちまっても怒るなよ?」 「うん!」 やった!一緒に寝てもらえる!一度寝たら起きないからちょっとくらい色々しちゃっても大丈夫のはず! 俄然元気になってラーメンを啜った。美味い。元々ここのラーメンは美味しいけど、こんなにおいしいのはイルカがくれたものだからだ。 「うめぇ!」 「うん。おいしーね」 湯気の向こうでほっとした顔をしてくれている。でもなんで顔赤いの?風邪引いちゃった?今日は人肌でしっかりあっためないと。ついでにちょっと触るくらいならお駄賃として許されるだろう。 時々思い出したように俺を撫でる手を、俺だけのものにするのはもうちょっと先だとしても。 今夜はステキな夜になりそうだ。そんなことを思いながら、降って湧いた幸運にほくそ笑んでおいた。 ******************************************************************************** 適当。 ご意見ご感想お気軽にどうぞ。 |