かけおち(適当)



「行きましょう?」
「ええ」
手に手を取って果てのない道行なんて、ロマンティックでしょ?
そう言うと、ふわりと花のように笑ってくれた。
男なのに華やかで繊細で、時々めんどくさくなるほど後ろ向きだったりもして、そのくせ子どものように甘えるのが上手くて、気付いたときには執着といっていいほどの愛情に溺れて沈んで、もう二度と逃れられないくらい愛していた。
だが、男は上忍で…生きながらにして英雄になってしまった。
血をつなげと言われるのは当然だろう。
それでなくても人が減りすぎた。親は上忍でも俺自身はただの中忍だというのに子を残せと言われるほどで、それは男と別れさせるためでもあっただろう。だが、耐え切れなくなったのは男の方だった。
アンタを誰かに奪われるくらいなら、里中の女を殺してやりたい。
アンタを泣かせるくらいなら俺は去勢されたっていいのに。ああでもそれじゃアンタはまた狙われる。
嘆きは深く、やがてすべてを疑うようになった。
奪われてしまうかもしれないから、家から出さない。
傷つけられてしまうかもしれないから、側を離れない。
そんなことを続けられるはずもないのに。
痛ましいほどに俺を失うことに怯え、いっそ狂っていると言っていいほどに不安定になった男を前に、俺は無力だった。
だというのに圧力は増すばかりで、いっそ記憶をとまで。
これを教えてくれた教え子もまた英雄と呼ばれてはいたが、かの英雄に伴侶をと浮かれ騒ぐ里人は、もはや押さえ込めるほど穏やかではなくなっていて、そもそも教え子はそういう類のことに疎く、下手に動けば折角訪れた平和を乱しかねない。
…俺が消えれば終わることはわかっていた。だがそれができないほど愛してもいた。
失い続けた男が嘆いて嘆いて、後を追ってくると分かっていてどうして先に逝くことができるというんだ。
そうして情に強い男を苦しめるすべてから、逃げることにした。
教え子たちには殊更口にしたつもりはなかったのだが、どうしてか俺たちの関係が知れ渡っていて、今回の道行きにも手助けをしてくれている。
ただ穏やかに過ごしていければそれでいい。そのために必要な手立てはある。
忍としてだけでなく、教師としても経験を積んでおいてよかったと思った。男の外見は目立つが、一番問題となる赤い魔眼は幸い失われてしまっている。身を潜めて暮らしていく分にはなんとでもなるだろう。
「温泉とかいいですね」
「そうですね」
「海にもいきたい」
「魚食いましょう」
「いっしょに、いろんな所を見たいです」
「俺も。いろんな所に行きましょう。どうせなら」
この人の傍らにあるのなら、どこにいったって構わない。
これまでずっと任務やしがらみや色々なものに縛られて、行きたいと語ることはあっても一度として実現した事がなかった。
だが、今ならいくらでもどこにでもいけるだろう。
ほとぼりが醒めたら戻ってこいというかつての教え子に、一つだけウソをついた。
いつか帰る…そんな日は多分来ない。
あの人を泣かせるくらいなら、故郷を無くすことくらいなんでもない。
父も母も先に逝ってしまった友も、きっと許してくれるだろう。きっとお前らしいと笑いながら。
「好き。大好き」
「俺も、その、ええと…あ、愛して、ま…んぐ!」
「うん。俺も」
強引に重ねられた唇に胸が高鳴った。
さあ、行こう。例えそれが永遠でも、きっと後悔なんてしない。
…この人は後ろ向きだからうだうだいうだろうけど、そんなもんたっぷり幸せ忍師手黙らせてやるとも。
境をなくした里と里の狭間に潜んで、いつまでだって。
何よりも大切で愛おしい男は、蕩けそうな顔で笑ってくれた。


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適当。
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