赤い糸

「お主の一存で忍を…いや、人を拘禁するなど許されることではない。…あまつさえあのような…」

今更だ。そんなこと。

「どこへやってもアレは俺のモノですよ。で、どうして欲しいんですか?あなたは。」

本当ならイルカと離れたくなんかなかったけど、任務には出てやっていたのに。
里へ…イルカの元へ帰る途中で待ち受けていたのは暗部だった。
結界を破られた時から予想していたが、ひどい裏切りだ。

…あの子はきっと泣いただろうに。

ソレだけが心配だった。

俺が任務に出かけるときも、必死で涙を堪えて…それから俺が出て行った後いつも泣いているのを知っている。
かわいいイルカ。
俺だけを見て、俺だけに笑って、俺のことだけ考えてくれる。

勿論、俺も。イルカだけも見て、イルカだけに笑って、イルカのことだけ考えているけれど。

…片時も離れずにただ一緒にいたいだけなのに、どうしてこんなにくだらないことをするのか理解できない。

俺は…俺たちは離れられないのに。

「お前をそうしてしまったのは里の責任かもしれん。だが…アヤツに近づくことはまかりならん。」

苦虫を噛み潰したような顔で里長が言い渡す。…これは命令だ。
威厳よりも深い苦悩と疲労に満ちたその顔は、あまりにも里長の名からかけ離れている。
そこにいるのは…ただの老いた男だ。

哀れで、無力な。

ああ、やっぱり。…もう無駄なのにね?

その様子で分かった。イルカもこれを受け入れてはいないのだ。

思わず哂った俺に、怒りと嘆きに満ちた叫びがぶつけられた。

「なにがおかしい!お主のせいでイルカは…!」

怒っても嘆いても無駄だ。

あの子は俺のモノ。ずーっと。…これからも。
どこもかしこも印をつけたし、外にも出さないで大事に大事にしてたのに。

今更引き離すなんて。

「愛してるんですよねぇ?だから、そんなコト言われても。」

健気なイルカ。きっと今頃俺を呼んでいる。
あの黒くて綺麗な瞳が溶けちゃいそうなくらいに泣いているかもしれない。

そんな泣き顔も好きだけど、やっぱり俺に向ける笑顔が好きだ。

己の知る幼子を守ろうとするただの老人…その姿に免じて少しなら譲歩してやろうと思った。

「…お前は…お前をそうしたのは…ワシか…」

こんなにこの男は老いていただろうか?
一気に年をとったように見える里長の手が震えている。

その手をみながら、あの時の震えるイルカを思い出す自分を、我ながら狂っていると思った。

…変わるつもりなどないけれど。

「どうして欲しいの?あの子は俺から離されたら今度こそ壊れちゃうよ?」

捕まえてから、間に合ってよかったと安堵したのだ。

全てを一度に失ったあの子は、もろくて、本当にギリギリの所にいた。
あの日、俺が見つけなければきっと…。

そう思うとぞっとする。

だから、こんなコトをしても無駄なのに。

今更引き離せば、あの子は二度と立てなくなるだろう。

「記憶を消す。…今はお前の術を解こうとしとる最中じゃ。」

「あ、そ?…できないよ。あんたでもできなかったんでしょ?」

予想通りの答え。

あの時も…父さんの時もそうだった。

闇雲になかったコトにしようとして、そうしてまた同じことを繰り返すのか。
いつわりの安寧のために?

この里には無駄なことばかりが満ちている。

守るべき残された厭い、本来の英雄となるべき子どもを蔑み、真実を覆い隠して…それで惨劇すらなかったことにするつもりなのかもしれない。

馬鹿らしい。

「たわけモノが…!」

情で流されまいとして、結局その情におぼれる哀れな老人に、思い知らせてやろう。

どれだけ自分が無駄なことをしているのかを。

「いいよ。してあげる。」

俺の言葉に驚愕を隠せもせずに、老人が喚く。

「解術か…!?」

「解術じゃなくて、記憶の処理の方ならね。」

「なにをたくらんでおる…っ!」

声を荒げ、信じられない物でも見るように目を見開いて。
その必死な顔こそが滑稽だ。

俺が狂ってることなんて疾うに分かっていたくせに。

体のいい道具が造反したのがそれほど驚くようなことだろうか?

「いいじゃない?してあげるって言ってるんだから。それとも…里抜けでもして欲しいの?」

それでもいい。俺は別にもうここに守りたい物がないから。

里は荒み、相変わらず下らないコトにこだわって、守るべき物をおざなりにしている。

…里を守れと、そういった師の祈りすらもう遠かった。

あの子だけ。

あの子だけが俺を繋ぎとめてくれる。

…結局、老人は俺の言葉に乗るしかなかった。

*****

「良いか…二度とあの者に関わるな…!」

血でも吐くような叫び。

でも、ソレは無理。

嫌がらせのように長期任務を押しつけて、里長が大きな音を立てて扉を閉めた。

…あの子を連れて。

守るように腕に抱えられて、涙を流していた。
それを舐め取ってやれないのが悲しかった。

胸が苦しい。

ああでも…今は空っぽの腕が辛いけど…。

「待っててね?イルカ。」

迎えに行くから。

その時にはきっと…二度と離して上げられないから。

俺にすがり付いてきたときの笑顔を目蓋に焼き付けて、再会の日をまつことにした。

肝心な術は解かなかった。

だから、手離したわけじゃない。
ただゆるく長く…その存在さえ気付かないモノで繋がれているだけ。

…まるであかいいとのように。


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誰も待っていない気がするヤンカカモノ。
先日の遠い記憶の続きと言うか…過去で、ひきはなされちゃいました編?…変質者なお子様って怖いなぁ…。
お子様でもラブイチャ編をすっとばしてしまった…!でっかくなって再会編辺りで入れようかなー?
ご、ご意見求むー…!!!


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