一升瓶と罠(適当)



「お誕生日なんですね」
「え、ああ、はい。まあこの年でお祝いもないもんですが」
たまたま行き会って、飯を食ってたこの居酒屋で同席しただけの知り合いの上忍に、休にそんなことを言われたら戸惑うってもんだろう。普通。
鞄からお祝いカードでも見えてたんだろうか。律儀に誕生日になるとこういうものをくれるのは、うちの生徒くらいのもんだ。
生徒に祝われてるのをみて、酒でもどうだといってくれた連中はいるが、この年になって、わざわざ祝うなんてのも、な。
酒を傾け、一気に煽る。
…照れ隠しにしちゃ不機嫌そうにみえてしまっただろうか。
何で知ってるかは良く考えれば元生徒がこの人の部下なんだから当たり前か。
それにしてもなんていうかだな。想像もしていなかった相手から言われると、何てことない言葉のはずなのに妙に胸に迫った。
この人は友というには遠すぎて、だがこうして時々だが飯を食ったりしている、どうも距離をとりづらい人だ。
人懐っこいのかと思えば、誰とも親しげに過ごしているわけでもない。ごく僅かな同期だと聞く数人の上忍と、一緒にいるのを見るくらいだ。
それが、なぜか俺に近づいてくる。
気まぐれかなんかにしても、落ち着かない。
「じゃ、これ」
「え」
ぽんと机に置かれたモノは、どこにこんなものを隠し持ってたんだと言うくらい立派な一升瓶で、ついでに言うなら馬鹿高い上に恐ろしく美味い酒だ。
「お祝い」
にこっと笑って、なんでもないように渡されて、思わず受け取ってしまって、それから。
「え!あっちょっと!どうしたの?」
「え?あ、ああ!すみません!」
何でぼろぼろ泣いてんだ。俺は。
…不意打ちでこんな風に祝われたせいだ。きっと。
「ん。はい。こっち」
丁寧に涙を拭われて、そんなことされたらこっちが恥ずかしくなる。
「ありがとうございます。だ、大丈夫です!いや、その、久々にプレゼントなんてものをもらったもんで!」
なんでこんなに嬉しかったのか、我ながらわからん。
だが、一つ分かった事がある。
「そ?喜んでもらえたならいいんだけど」
「もちろんです!これは…またなんかのときに飲もうと思うんで、よかったら、あの、カカシさんもご一緒してやってください」
「これ、お気に入りだって言ってたもんねぇ。ん。ぜひ」
そう嬉しそうに笑った男に、俺は。
「いっぱい食べてね?…おごりっていうにしちゃ安いけど」
「いやいや!そんなことは!おごりなんて!これもらっただけで十分すぎますって!
中忍の月給じゃ買うのを躊躇うどころか、買うという選択肢がでてこない逸品だ。
でも、そうじゃなくて。…これが美味いんだと語ったのを、この人が覚えててくれたのが嬉しかったんだよ。それもかなり前になんでもない会話のついでに言っただけのことを。
こうやって俺の隙をつくように、優しさや気遣いをなんでもないようにくれるから悪い。
「まあまあ。とにかく飲みましょーよ」
「はい」
あーあ。こんな男に惚れてどうするんだ。うみのイルカ。
手に入らないものは憧れだけで十分だと、ずっとそう誤魔化してきたのに。
「桜は流石に時期じゃないけど、あじさいだってなんだって、つまみになればいいよね?」
そうやってどこで飲むかと楽しそうに話す男に、とてもじゃないが思いは告げられそうにない。
だけど。少なくともまた酒を酌み交わすことくらいはできる。
「まあ、俺んちでもよければ。肴になりそうな花もないもんですが、窓はでっかいから月は良く見えますよ。ああ、でももう梅雨か」
「雨を見ながらでもいいんじゃない?ね?」
ヤケに饒舌でご機嫌な男の言葉に頷いて、そのときはもう浴びるほどこの酒を飲んでやろうと決めた。

これが…俺の家で告白するためだけに、こうも回りくどい策を考えた男の策略とも知らずに。


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適当。
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