お祝い(適当)


「えー!そんな!だって今日お誕生日じゃない!」
恋人がロマンチストだという事実を、こうして突きつけられるのは何度目だろう。
何の因果か男に惚れた。
その上その相手には運命だ何だと盛大にわめかれた挙句に、身体からなし崩しにこんな関係になっていたなんて笑い話にもならない。
好きだ好きだと喚く男が同性なんてお呼びじゃないと突っぱねて、頭おかしいんじゃないのかとまで言ったこともある。
幸せになれるわけがないと思っていた。だからこそ何を言われても男の思いを受け入れる気などなかった。
例え断り続けるたびに胸が痛んでも、いつかはこの恋心も死んでくれるはずだと信じて。
それがどうしてこんな関係になったものか、自分でもわからない。
「イルカ先生がそんなだから、酷いことしちゃうんですよ?」
…確か始まりはそんな台詞だったかもしれない。
唐突に施された口づけに呼吸を奪われ、めまいが来そうなほど執拗にそれを続けられた。
思えば行動が派手なわりには、その手の接触をされたのは初めてだったような気がする。
で、驚きのあまり拒み損ねた。…いや、いいわけだな。コレは。
要するに抵抗するのもはばかられるほど必死な顔で、この柔らかいところなど一つもない無骨な身体を欲しがる男に、今更ながら自分の思いを誤魔化しきれなくなっただけだ。きっと。
気づけば人に言えないようなモノでぐちゃぐちゃに汚れた身体を獣が毛づくろいでもするように舐めとって、男が満足げにのどを鳴らしていた。
こっちはこれまでの覚悟も保身もへし折られて、呆然としているっていうのに。
その上誕生日プレゼント受け取ってくれてありがとうございますときたもんだ。
よくよく見れば頭の天辺にはたて結びになった赤いリボンが、激しい行為にも関わらずかろうじて引っかかっていた。
呆れるほかないだろう?誕生日プレゼントの押し売りも初めてだが、強引に奪われたのはむしろこちらの方だ。
無理な体勢を強いられたおかげで間接が馬鹿になっている上に、本来と違う目的で酷使された某所もじわじわと傷んだ。
おかげで悩んでいる余裕すらなくなったのはよかったのかわるかったのか。
口説き落とされた身としては、もうちょっとなんとかならなかったのかと自省することも多いのだが、結局は恋人の傍若無人さを容認しているのは自分なのでどうしようもない。
「誕生日でも仕事は仕事です」
なにかと雑用が多いこの季節に、一人だけ誕生日だなんて理由で抜けるわけにも行かない。
そうでなくてもこの里は元々人手不足だ。
その上受付でもアカデミーでも風邪が流行ってしまった。まるで水に墨を落としたときのようにあっという間に広がったそれは、いっそ下手な術より恐ろしい威力でもって、里中に猛威を振るった。
せめてそれさえなければ休みの申請も取りやすかったのだが…流行り始めに真っ先に風邪を引いてしまったのだ。
当然、自分が休みの間の穴をやりくりしてくれた同僚の分もがんばらなければなるまい。
たとえどんなに不満顔をされようとも、どうあっても抜けられないのだから納得してもらうしかない。
いや、納得なんてしてもらわなくてもいい気もするんだが、とりあえず何をする皮からないのは身をもって経験済みなので、安全策をとりたいというのが本音だ。
「ひどいー!お付き合い記念日なのに!今年も俺は絶品ですよ!」
「馬鹿言ってんじゃありません!絶品って…なにがだ!」
「きゃーそんなこときいちゃうの!?イルカせんせったらえっち!」
「えっちって…そんなこと考えてるのはあんただけだろうが!」
「イルカ先生のえっちすけっちさんどいっち!俺のこと弄んだんですね…」
「だーれーがーだー!どっちかっていうとそりゃアンタのことだろうが!隙見せりゃバコバコやりまくりやがって!」
「きゃー!やっぱりえっち!」
「こんのぉ…!」
苛立ちのあまり殴ってやろうと思ったが、すぐに思いとどまることができた。
笑っている。それもいたずら小僧のように瞳を輝かせて。
つまり、この男はこんな下らないやりとりにさえ執着しているのだ。
「あっれー?もうあきらめちゃうんですか?」
ちょっかいをかけてくるところを見ると、諦める気はないらしい。俺がこの馬鹿騒ぎの目的に気づいてることも知っているだろうに。
…まあその諦めないしつこさというか執拗さというか…それがなければそもそもこんな関係にもなっていなかったかもしれないしな。
ここら辺が上忍と中忍の差なんだろうか。
自分の誕生日だってのに、どうしてこんなに苦労しなきゃならないんだかなぁ…。
「アンタみたいにねちっこくないだけです」
ちょっとした嫌味を返したつもりだったのに、何を勘違いしたのか歓声をあげられた。
「ねちっこいって…それって持久力があるってことですよね!」
どうも全部そっちの方にもって行きたいらしい。何をたくらんでいるのやら。
…ふざけた言動とは裏腹すぎる腕をつかむ手の必死さを無視できたら…まあ無理なんだけどな。
この人の、外面と裏腹な繊細さに、そもそも恋に落ちたんだから。
なんでもないって振りで笑ってるくせに、こうして零れ落ちる本音が俺の心をつかんだのだと知ったら、調子に乗るだろうから言う気はない。
「午後は休みとれたんで、帰ってきますから。お祝いはそのときたっぷりしてもらいますからね!」
先手必勝。それはいついかなる場合にも大抵は有効だ。
俺はそれを実践しただけだ。…こっちからキスなんてしたのは殆ど始めてだから、男は呆然と唇を押さえてへたり込んでくれた。
「えっち…やっぱりイルカせんせったらえっち…!」
「はいはい。それはまた後で」
頬をピンク色に染めたかわいい顔を見られたから、遅刻寸前まで駄々をこねられたことは不問に処そう。
ちょっとした優越感は、家に帰るなり獣のように襲い掛かってきた男を前に砕け散る羽目になったんだが、それはまあそれとして。
「お誕生日おめでとうございます。イルカせんせ!」
去年と同じく満足げに抱きついてくる男とは、多分一生こんな感じでやっていくんだろうなと思った。


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適当。
らぶらぶと言い張る。
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