犬恋(適当)



またややこしいことを言い出したなと思ったのは、そのしかめっ面でも綺麗な顔が、間近に迫ってきてからだった。
「あのですね。俺はコレから…」
「いいから黙って聞け。…聞きなさいよ」
何でこの人こんなにいらついてんだろうなぁ。
そのくせ、必死だ。
泣きそうな顔で縋るように腕を掴まれては振り払うこともできない。
一回派手にやらかしたのは確かだ。それも多分俺が悪かった部分もあったから、そこに関しては謝ったし、俺が許せなかった部分に関しても謝らせた。
強引で唐突な謝罪ではあったが、相手も何かしら思う所があったのか、比較的素直に謝ってくれたからそれでお仕舞いだと思ったのにな。
「聞きます。が、ここじゃなきゃ駄目ですか?」
「は?」
あー…この人アカデミーに詳しくなさそうだもんな。
こんな…アカデミーの渡り廊下なんかで騒いだら、子ども達に悪影響だしそれにどっかしらで誰かが見てたら、俺よりもこの人の方が厄介だろうに。
中忍を脅す上忍なんて噂が立ったら、任務にも支障が出かねない。
俺とのやり取りは何故かさほど広まっちゃいないが、この人と親しい人たちは皆知っている。俺もこの人も説教されている。
また説教大会が一瞬でただの飲み会に変わって、翌日二日酔いに苦しむのは嫌だ。
促しても怪訝そうにしているだけってことは、やっぱり分かってないんだろう。
「いいですか。俺は今、仕事中です。それにここは一目につきやすいんですが、それでも平気な内容ですか?」
任務じゃなさそうだが、あえて任務を匂わせる言い方をした。
もし任務だったらそれこそこんなところで話すもんじゃないし、任務以外でも場所を選べという意図は伝わるだろう。
「…そーですね。ここじゃマズイかな?」
「そうですか。では終業後に…ぐえ!」
やっと分かってくれたと思った俺を待ち受けていたのは、鉄の輪よりも頑丈な男の腕だった。
「今日はもう授業ないでしょ?さっきアンタの上司に話はつけておいたから」
「へ?え?わっ!なななななにしやがる!」
ひょいっと持ち上げられたのがそれなりにショックだった。
上背なんて殆どかわらねぇだろこの人!俺のほうがちょっとだけ重いかもしれないけど!
自分で言ってて落ち込みそうになったが、こりゃ絶対逃げた方が良さそうだ。
マトモな用事ならこんな拉致まがいのことをする必要はないからな。
仕込みの札を取り出そうとした手は、どこからか取り出された縄ですでに拘束されていた。
「むーだ。中忍に逃げられるようじゃ、上忍なんてやってられないでしょ?」
挑発的な笑みの奥にある凄みに忍としての本能が感じ取って総毛立った。
なんだこれ。
「くそ!何する気だ!」
拷問は嫌だ。というかされるようなことをした覚えはない。
もし疑いがかかってるんだとしても、そっちに赤い目ん玉ぐるぐるすりゃあすぐ分かるんだろ!なんでわざわざこんなことを…!
いつもならいきなり話しかけてきていきなり去っていくだけだから気にしていなかった。
…鼓動が早い。視線が熱っぽい。
嫌な予感しかしなかった。任務帰りの忍は良くこうやって常軌を逸した行動をする。
その興奮を鎮めるために。
死に物狂いに暴れるつもりが、妙にふわっとしたものの上に落とされるまで一分もかからなかった。
術か。
知らない部屋のどうやらベッドらしきものの上にいることに、驚きよりも恐怖を感じた。
「あの!あのね?」
くそ…!いってぇ。任務にしてやるからとか言われるのか?ケツを掘ろうなんて連中はあんまりいなかったが、咥えろってのは言われた事がある。幻術掛けていい気分になってもらって逃げ切った。
だが今回は俺の拙い幻術にひっかかるはずもない、ほぼ里最強の瞳術使いだ。
どうすんだ。これは。もしかしてお仕舞いなのか。
「は、い」
無様だ。芋虫のように転がされて、この男の行動を見守ることしかできないのだから。
痛いだろうな。きっと。殴るやつもいるっていうし。いややられるよりはサンドバッグにされる方がマシなんだけど。
この沈黙が恐い。俺を見つめて…それも獲物を見る視線でいるくせに、何で黙ってるんだよ。やるなら一気にやってくれ…!
「好きです」
「は?」
聞き間違え、か?変な台詞が聞こえたような?
「というわけで、どうします?付き合う?」
「い、いやその、青天の霹靂ですし、そんな気軽に言われましても!」
緊張してんだろうなー…。膝の上でそろえた手がさっきからずっともそもそしてる。っつーかなんでベッドの上で正座してんだ。その気遣いをするくらいなら、俺の縄を解けクソ上忍が。
「だって、好き」
しょぼんとした顔すんなよ…。顔だけはいいのに。性格は悪いだけでなく多少アホだということも判明したが。
「あー…その、お友達辺りからどうですかね?」
付き合ってりゃその内冷静になるだろう。それよりこんなのをこのまま放逐しとく方が危険だ。下手に断ったら襲われる可能性だってありそうだし。
出来れば今は…隆起した股間似は気付かなかったフリをしたい。
「おねがいします!」
泣き出しそうな顔で喜んで、近所の犬が大好物貰ったときこんな顔で嬉ションしてたなぁなんて思いながらとりあえず今一番の欲求を伝えた。
「なんでもいいからさっさとこの縄ほどいてください」
*****
お友達としての付き合いは今も続いている。
「イルカ先生。今日は俺と一緒にごはん食べるよね?」
お誘いでは決してありえない一方的な宣言。これのどこがお友達だと思わなくもないんだが。
「いいですよ」
そう応えるだけでそりゃあもう嬉しそうにするからどうにも断り辛い。
どうやら不安を覆い隠すために横柄な物言いになるらしい。
そこも何度も注意してるんだが、誘うときだけは治る気配がない。
普段はくっついてくるし、なつっこくてかわいいんだけどなぁ。
…完全に犬扱いなのはさておいて。
「じゃ、待ってます」
「はい」
こうやってちゃんと待ってるし、ちらちらこっち見ながら…なんというか、けなげだ。
ほだされつつある己に恐怖を感じなくもないが、これはもうそういう成り行きもありなんじゃないかと思い始めている自分がいる。
「イルカせんせ?」
「なんでもないですよ」
俺が何か考えるとすぐにこうして反応するのは不安だから。
それなら、こうして不安がらなくなるまで俺が付き合ってやろうじゃないかと思うだろ?思うよな?
そんなわけで、俺の生活に新しい要素が一つ加わった。
犬みたいな上忍(恋人希望)。
そこそこ幸せな気がするってのがポイントだ。
いつか、いつかもうちょっとだけいっしょにいたら、きっと。
期待なのか不安なのかはっきりしない感情を抱えながら、今日も俺はふさふさの頭をなでてやったのだった。


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適当。
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