新品の布団は今までのせんべい布団と比べて格段に寝心地がいいはずなのに、どこか落ち着かない。贈り主が同じ布団に納まっているせいもあるんだろうけどな。 「イルカ先生?寒いでしょ?もっとこっち来たら?」 「い、いえ。大丈夫ですから」 「俺のせいでごめんね?」 「そこは気にしなくていいんです!それよりちゃんと寝なきゃ治りませんよ!」 「はーい」 愛用の年季の入った布団を処分しなきゃならなかったこの人が悪いんじゃない。 怪我をして転がり込んできたこと自体には、それはもう夜中だってのに思わず叫びだしそうなくらい驚いたが、逃げてきた理由が手負いであるのをいいことに色事に持ち込もうとした脳みその中まで春に染まった仲間に追いかけられたからだというから同情したし、憤りもした。 けが人襲おうなんざ犬畜生にも劣る行いだ。暗部にもその手合いがいるというのは驚きだが、言葉を濁しつつ教えてくれた内容から総合するにどうやら長いこと狙われていたような感じだ。この人美人っていうか、その、綺麗な顔してるもんなぁ。天然で人の気持ちを推し量りきれないところもあるけど、良い人だし、拗らせる連中がでるのもわからなくはない。だからと言って無体を働こうと考えるその頭の中身はさっぱり理解できないにしても。 事が起きたのは真夜中だった。布団に包まって寝てたら、少しだけ開けていた窓から血を流したままのこの人が転がり込んできたんだ。とっさにクナイを抜く前に、その特徴的な容貌のおかげで誰かはすぐ分かったのは良かったのか悪かったのか。それからすぐ、見知らぬ何者かの気配を感じて、けが人をとっさに布団に突っ込んだのは俺の方だしな。 窓の外から様子を伺ってくる視線をかいくぐる方法をすぐには思いつかなかったし、布団につっこむと同時に匂い消しにもなる結界を張るのも恐らくは間に合った。間に合ってなかったら俺の部屋が暗部大乱闘の現場になっていたことだろう。 しばらくうろついていた気配もすぐに遠ざかり、結果的に追っ手を逃がしたのは腹立たしいが、己の立場を忘れてトチ狂ったのを裁定の場に突き出すのはこの人が元気になってからで良いはずだと思い直した。結構な深手だったおかげで布団は二度と使用できないほど血まみれになって燃やさざるを得なくなったが、逆を言えばそれだけの被害で済んだのは僥倖だ。 何せ追っ手の気配が遠ざかってから窓とカーテンを閉めてもう行ったみたいですと声をかけたら、気絶してたんだぞ。一瞬こっちの心臓まで止まるかと思った。呼吸はしていたが手当てをしても目覚めないし。追っ手がまだこのあたりに潜んでいる可能性がなければとっくに病院に放り込んでいるところだ。 この人ほど強い上忍を俺は知らない。そんな人が逃げ込んでくるような相手と、深手を負った人を庇いながら渡り合えるとまでは思い上がれなかった。 まんじりともせず夜明けを待って、追っ手がやり過ごしやすい明るさになった頃、血が抜け切った青白い顔をした人は、病院に連れて行く前に目を覚ました。ほっとして、だがこっちが痛みの有無や状態を聞く前に、大きな身体を小さくして謝ったかと思えば、布団の手配を犬に頼んだと同時に意識を失くし俺を慌てさせてくれたんだけどな。 それが昨夜だ。この部屋は、教え子のことで色々あったおかげで仕込みの類は充実している。卒業させてからは三代目直通の連絡手段は外させてもらってたのを、少しばかり悔やんだが、第三者がおいそれと部屋の中を見通せるほどここの守りは容易くない。 布団はなぁ。質はいいんだと思うんだ。ふっかふかだし今までとは段違いに暖かい。朝晩の冷え込みの激しい季節だというのに、今も手足が冷えることもないし、それなのに軽い。 だから余計に落ち着かないんだろうか。分不相応に上等なこの布団はいずれは突っ返すにしても、この人の状態が安定してからじゃないとまた無茶されたら困るしなぁ。 追い詰められてとっさに知り合いのチャクラを感知して逃げ込んだこの人の判断は間違っちゃいない。その程度には信頼されていることを実は少しばかり誇らしくも思っている。ただ、普段は割りと傍若無人で大胆というイメージだったのに、こんなにちっちゃくなられるとこっちが困るんだよ。 「イルカ先生。迷惑かけちゃってごめんね」 「だからそういうのは気にしなくていいって言ってるでしょうが」 呆れが混じるのを許して欲しい。この人は寝てばっかりいるのに、意識があるときはこうやって謝り続けている。そんなの気にしなくていいのに。 「その、ね。俺のせいで寝心地が悪いようなら申し訳ないなって」 肌がまだ青白い。造血丸もこの人の指示通りに飲ませたのに、逃げ回ったせいで出血量が多かったんだろう。不届き者のおかげでこの人はこんなにも傷ついている。それがとてつもなく腹立たしい。 「病院にその人が張り込んでるかもしれないんなら、こっちのが安全です。むしろろくな飯作れなくて申し訳ないんですが」 襲われた本人がそう言って、だからしばらく置いて欲しいと頼まれて、断る選択肢なんて最初からなかった。ただ色々と行き届かないのがもどかしいだけだ。…多分 「え?おいしいですよ?」 「貰いもんも多いですからね。カカシさんの方が料理できるでしょう?」 「うーん?どうだろう。まあ割と料理は得意な方なんで」 「そうですか!なら元気になったら俺にも飯作ってください。それでチャラってことで」 「…イルカ先生はすごいね」 おお?また始まったぞ?何かって言うと良く分からんところに反応して感動してくれるんだよな。これが家に上げてることへのリップサービスならよほどの演技派だ。目なんかきらきらしてるし、血の気がうせた頬がどことなく薄赤く染まって見える。 ああ落ち着かない。その原因がなんでだかわからないのがまた余計に。 「ほら、いいから寝なさい!さっさと治して俺に美味いもん食わせてくださいよ!」 「ふふ。そうね」 穏やかな笑みを浮かべる人は、今にもはかなくなってしまいそうで怖い。…これも原因だろうか。 「布団あったけぇし、あんたがとっとと怪我治してくれないと心配なだけです」 「…うん」 どうやら眠ってくれたみたい、か?血が足りないせいか、良く眠ってくれるのは助かるが、息をしてるかどうか心配にもなる。 早く治るといい。そうしたら、こんな落ち着かない夜とはおさらばできる。 少しだけ顔を近づけて吐息を確認して、それから俺も瞳を閉じた。 穏やかな夜を早く取り戻したいと切に願いながら。 ******************************************************************************** 適当。 ストーカーに狙われる上忍(下心つき)。続くと思います。 |