I(適当)



「イルカせんせ?」
「こんばんは」
玄関のドアの前に気配を感じて、敵か腐れ縁の同僚か、それとも任務かといそいそと扉を開けてみれば知り合い…というか、一方的に思いを募らせている人が立っていた。
玄関先で話を聞くのもなんなので、恐縮するかわいい人を引きずり込むようにして居間に上げた。
よこしまな思いがなかったかといわれれば嘘になる。正直言って煮詰まっていた。
この人は人の思いに真剣に向き合いすぎるから、少しだけふざけた風を装って、好きだ好きだと囁き続けて、それからかわいそうなイキモノのフリをして、せっせと気を惹いてきたつもりだが…。
鈍い。とにかくこの一言に尽きる。
ま、同性から何を言われたって、告白だなんて考えないんだろう。何せ俺とちがって恐ろしく健全に育った人だから。
…むしろ純粋培養か。女の裸ごときで、それもたかが教え子の変化で鼻血噴出す忍って、流石にどうかと思うし。
その人が不安そうな…思いつめた顔で俺の家にやってきたんだから、そりゃもう…メルヘンゲット狙うくらい許されるはずだ。
「で、どーしたの?」
普段何を聞いても大抵はきはき答える人が、押し黙ったままだ。
茶を勧めてみても驚いた顔をしてカップを受け取っただけで、そのままうつむいている。
…今にも泣き出しそうな顔で。
話し出すのを待ちたい所だが、すりきれた理性が抱きしめたいと訴える。
そんな顔させたくないと、叫びながらもがいている。
ただの友人でも許される。その一線を越えてしまいそうで躊躇しているのに、どうやらもう限界のようだ。
決して小さくはない人を腕の中に閉じ込めるだけで、湧き上がる幸福感。
ついでにしっかり押さえつけ続けてきた欲望まで鎌首をもたげている。
「あ…」
怯えさせてしまっただろうか。辛い事があったなら全部それを消してしまいたいのに。
抗わないのをいいことに、抱きしめる力を強くした。
「ね、教えてくださいよ」
知りたいのは本当。それよりもこのままここから出したくないのも本当で、そんなことを考えもしないだろうこの人の全てを暴き出したくなっている。
肌の色は無防備すぎるこの人のお陰で知っている。
土産を届けるという名目でこの人の家に押しかけたときに、風呂上りでそりゃもうすごい格好で応対してくれたから。 それが俺の下で喘いで蠢くのを想像しては、汚した。
もういっそ、このままとまで思い始めたとき、腕の中の人がはじかれたように立ち上がった。
「ごめんなさい!いえ!その、相談というには!」
「相談なの?ならいいじゃない。聞く位ならできますよー?」
へらりと笑って手を握る。逃がしたくないからだが、いきなり真っ赤になられると我慢ができなくなりそうだ。
「あ、あの。すすすすす!すきで!というかさっきふっと急に気づいて!どうしたらいいのかわからなくなって!」
「へ?」
すき…都合のいいことばかり考えてしまいそうだが、冷静にならなければ。
他の女のことなら適当に裏から手を回して、最悪始末してしまえば…なんてことまで考えてるとは、この人は気づきもしないんだろうけど。
「…やっぱり無理ですよね…。いや、わかってたんですが。男なら当たって砕けるべきじゃないかって…!」
「あの、ね?好きって、誰が、誰を?」
支離滅裂な言葉たちをつなぎ合わせて、幸せな妄想に浸るにはスレすぎている。
はやく、おしえて。この答えを。
「はい」
まっすぐな視線が好きだ。強く優しい声が好きだ。いつだって鬱陶しい位に一生懸命で、俺なんかのために心配してくれる所が好きだ。
「おしえ、て?」
震える手で肩に触れても、拒まれなかった。
「カカシさん!好きです!結婚とかは無理かもしれませんが、一生側にいてください!」
くらくらする。これが幻術なら俺は多分一瞬で死んでるはずだ。
指一本まともに動かせそうにない。
「うそ!」
「うそじゃねぇ!アンタが今日受付書でいつもみたいに好き好き騒いだ後、帰り際にそりゃもう情けないくらい寂しそうな顔してるのみたら…!」
「そこなの。ツボは。わけがわかんない!」
「駄目なら駄目と言って下さい。こ、こんな状況だし、無理強いしたくないんです」
鼻傷を掻く指を舐めたいとか、無理強いとかずっとしたいと思ってるとか、そういうことばかり思うのに、肝心な言葉は上手く出てこなかった。
「好きですよ!あんだけ言ったのに今頃やっとなの!」
「俺は鈍いんですよ!好きって…え!ホントですか!」
「ホントにきまってんでしょうが!」
「やったー!」
もろ手を挙げての歓声に、思わず頭を抱えたくなった。
…この人の手を離したくないからやらないけど!
「なんでそこで大喜びするのよ!その前にすることがあるでしょ?」
「へ?あ、火影様にご報告?慰霊碑にもですね…後は…指輪?」
常識一辺倒のこの人らしいなぁと思いながら、もう一度腕の中に閉じ込めてみた。
「誓いのキス」
にっこり笑ってそう宣言して、それからそっと触れるだけのキスをした。
…その直後に鼻血吹いて倒れるなんて、あまりにもこの人らしいけど。
「い、いっしょうしあわせにしまふはら!」
力強い言葉は鼻血のお陰で聞き取りづらかったけど、確かに言ってくれた。
どうやら俺は幸せになれるらしい。


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適当。
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